婚活に奮闘する人たちは、初デートのことをこう呼ぶ。

「婚活アポ」

ある程度仲良くなるまで、男女の約束は仕事と同様"アポイントメント"なのだ。

そんな激しい婚活市場で、数撃ちゃ当たるとでも言わんばかりに、東奔西走する一人の女がいた。

失恋にも負けず、婚活うつにも負けず、アポ、アポ、アポの日々。

なぜって、元カレよりも素敵な人と結婚したいから……。

これは「真面目に努力すれば、結婚できる」そう信じて疑わない、早稲女・夏希の『婚活アポダイアリー』。

◆これまでのあらすじ

マッチングアプリでの婚活に奮闘する夏希。アプリで知り合ったエリート弁護士の政樹と初デートする。ところが、帰り際に突然家に誘われ…。

▶前回:「初デートだけど、いいかな…」男の甘い誘惑に負け、付き合う前に彼の家に行く女の本音



初デートで、家に誘われたら…


「えっ…。今から政樹さんのお家に…ですか?」

「うん。お店ももう開いてないし、俺の部屋で軽く飲むのはどうかなって」

がっしりとした彼の腕に抱き寄せられて、私はドキドキを抑えられない。でも、いくら素敵な相手とはいえ、初回から相手の家に上がり込むなんて、婚活のセオリーに反するNG行動だ。

「いえ、今日会ったばかりの方のお家にお邪魔するわけには…」

「あはは、俺が来てほしいって言ってるんだから気にしなくていいよ。それとも、警戒してる?もう少しだけ、夏希ちゃんと一緒にいたいと思ったんだけど…。……ダメ、かな?」

いつの間にか、彼の腕は私の腰に回っている。

― ダメダメ、いま家に行ったら、“そういう女”として扱われちゃうわよ!

私の頭の中では、なけなしの貞操観念が警鐘を鳴らしている。

だけど、それ以上に政樹の低く優しい声は心地いい。耳元で囁かれる甘い言葉に、どうしようもなく身を委ねてしまいたくなる。

何より、やっと素敵な人に出会えたのだ。その彼が、私と一緒にいたいと言ってくれている。闘う婚活女子にとって、これがどれほど心救われることか…。

「…あら?政樹さん、スマホ鳴ってるみたい」

ぴったりと密着しているせいで、政樹のポケットの中の振動音に気づいた。最初は「いいよ、後で見る」とスルーしていた政樹だけど、断続的に続く通知音が気になったのか、スマホを取り出す。

― え…!?いまの、何!?

目に入った画面には、信じられない内容が表示されていた。


政樹のスマホに表示されていた内容とは…!?

政樹の正体


『さすがアポ之助さん!コンサル女子との結果、レポお願いしますね♪』

通知が見えたのは一瞬のことだった。だけど小さく表示された青い鳥のアイコンはあまりにも有名で、私の頭の中は一気に嫌な予感でいっぱいになる。

「あ、やばい。一瞬だけ、クライアントの連絡に返信してもいい?」

当の政樹はほかにも仕事の連絡が入っていたようで、メールに集中し始めた。「全然いいですよ〜」と返しつつ、その隙に私もスマホを取り出す。

真っ先に開いたのはもちろん、Twitter。「キーワード検索」のボックスをタップし、先ほど目にした文字列を入力していく。

― “アポ之助 コンサル女子”と…。うわ、フォロワー1万人超えの人気アカウントじゃないの…!



先ほどの通知は、フォロワーからのリプライだったらしい。そこから“アポ之助”のアカウントに飛ぶと、プロフィール欄には衝撃的な内容が記載されていた。

『マッチングアプリで70人以上の女を攻略した男。LINEテクから家への誘導まで、婚活女子のオトし方を網羅したメルマガも配信してます』

さらに、日々の投稿では女性たちとのLINEのスクリーンショットが大量にさらされている。

『アポ之助:本日はコンサル女子との初アポ。いつも通り天王洲を指定することに成功。結果また報告します!』

私との待ち合わせの直前にはこんな投稿までされていて、背筋が凍るような思いがした。

― とんでもない男に引っかかるところだったわ…。

仕事のメールをさばき切ったようで「ごめん、お待たせ」とこちらに向き直った、アポ之助こと政樹。彼の正体を知った途端、アプリでの申告より若干低い身長や、写真よりも細い目が急に目についた。

私は笑顔をつくり、角が立たないよう気をつけながら、でもきっぱりと言い放つ。

「私も仕事の予定を確認したんですけど、明日朝イチで打合せが入ってるの忘れてました。早く帰って準備したいので、今日は解散にしましょう♡」

そうして、言葉を尽くして引き止める政樹を振り切り、タクシーを拾ったのだった。



― 結局、今週末は成果ゼロ。しかも、遊び目的の人の餌食にされそうになるなんて…。

家の住所を運転手さんに告げると、私はシートに腰をうずめて深いため息をつく。

長年婚活を続けてきて、それなりに男性を見る目は養われたと、自分では思い込んでいた。

だけど、結果はこれだ。本気で結婚の意志がある男性と、そうでない有象無象を見抜くことさえできないなんて…。

落ち込んでいるとスマホが振動して、1通のLINEが届いた。

『裕也:夕方からやっと外に出てる(笑)夏希ちゃんは週末楽しめた?』

前回の食事から3度目のアポは具体化しないまま、LINEだけを続けている裕也。元カノ・沙里奈の存在も気になったから、私から積極的に次のデートを提案するのは避けていた。

『夏希:バタバタしてて、疲れちゃった(笑)明日から仕事とか、信じられない〜』

『裕也:わかるわかる。日曜のこの時間が一番憂鬱だよね』

ポチポチと返事を打っていると、自然と気分が和らいでいくのを感じる。

女性を攻略対象として扱い、初日からガンガン迫ってくる男との攻防を経ると、裕也との平和なやりとりが、貴重なもののように思えてきた。

『夏希:裕也くん、近々またゴハンでも行かない?』

気づいたら、自分から次のアポを打診していた。


迎えた裕也との3回目のデートの行方は…?

お互いになじんできた3度目のアポ


「夏希ちゃん、仕事お疲れさま!今日は誘ってくれてありがとう」

“アポ之助”とのディナー事件から10日ほど経った水曜日の18時半。

汐留・イタリア街の一角にあるトスカーナ郷土料理で有名なお店へ到着すると、IT業界人らしくカジュアルな装いの裕也が迎えてくれた。上質そうな白い麻シャツが爽やかで、よく似合っている。

「こちらこそ、お店選びありがとう。手打ちパスタ、楽しみだなぁ」

ずっとLINEを続けていることもあり、二人の間にはなんとなくくだけた空気が漂っている。私はリラックスした気持ちで、彼が広げたメニューを覗き込んだ。



「あっという間に、夏も終わっちゃったね。メダルラッシュだったし、感動したよね」

「感動した!俺、夏休みも結局テレビにかじりついてたもん。夏らしいこと何もしてないよ」

他愛ない話で盛り上がっていると、すぐに1時間以上経ってしまった。閉店時間を意識して、私はちらりと時計を見る。

― 沙里奈のこと、聞いてみようかな。

一瞬そんな考えがよぎったけれど、先輩伝いにこっそりFacebookの写真を見たことは言いづらい。結局、オブラートに包んで聞くことにした。

「裕也くんって、前に話してた元カノさんとは、今はもう何もないの?」

パスタをくるくるとフォークに巻き付けていた彼の手が止まる。一拍置いて、「……うん。何もないよ」と返ってくる。

― この返事、絶対なんかあったってことだよね…?

心の中でツッコミを入れていると、裕也は私の目を真っ直ぐに見据えて、ゆっくりと言葉を続けた。

「色々と、心境の変化があってさ。今は吹っ切れているよ」

思わずドキドキしながら「そ、そうなのね」と返す。

彼がそれ以上話さなかったので、私も何も聞かなかった。ただ、「吹っ切れた」と言い切った彼の言葉に、少し安心している自分がいた。



20時閉店とともにお店を出て、新橋駅までの道のりを歩く。

「やっぱり夏希ちゃんと話してると楽しいな。今度は俺から誘うよ、連絡するね」

浅草線の改札前まで送ってもらった別れ際、裕也から次の打診を受けて、内心ほっとする。

「こちらこそ楽しかった。次も楽しみにしてるね」

私は明るく返事をして、改札内に入る。後ろを振り返ると、裕也が笑顔でこちらに手を振る。

婚活アポも3度目になると、結論を出す雰囲気になる。これまでアプリで付き合った人からは、3度目のデートで告白されることが多かった。

だけど今日はなんとなく、食事の最中から「告白はなさそうだな」という空気を感じていた。とはいえ、4回目のデートを提案してくるくらいだから、裕也にとって私がまったくナシというわけではないのだろう。

― ただ、私も私。色々な人に出会ってみて、今のところ裕也が一番素敵だなとは思っているけど、沙里奈との関係をきちんと聞けないことには、踏ん切りがつかないのよね…。

沙里奈と私は、全然タイプが違う。

もし晴れて裕也と付き合うことができたとしても、「やっぱり華やかな子がタイプだった」と出戻りされてはかなわない。“マカロン女”に元カレ・颯太くんを奪われた時のような、あのつらい気持ちはもう味わいたくないのだ。

― 次に会う時は、沙里奈のことを話して、どう考えてるのか聞いてみよう。

浅草線に揺られながら、私はそんな決意を固めた。



翌日。オフィスでのランチタイム。

お昼を買いに出ようと20階のエレベーターホールで待っていると、ふと視線を感じて隣をみる。

「…?」

顔を上げると、こちらを見つめていた沙里奈と目が合った。

「夏希さん。お疲れさまです」

「お、お疲れさま」

そう言葉を交わしたきり、沙里奈は何か言いたそうな顔をしつつも、押し黙っている。

不意に、ポーン、と停止音がする。エレベーターの扉と、沙里奈の口が開くのは同時だった。

「夏希さんって、裕也くんとどういう関係なんですか?」


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沙里奈からの追及に、夏希はどう答える…!?