婚活に奮闘する人たちは、初デートのことをこう呼ぶ。

「婚活アポ」

ある程度仲良くなるまで、男女の約束は仕事と同様"アポイントメント"なのだ。

そんな激しい婚活市場で、数撃ちゃ当たるとでも言わんばかりに、東奔西走する一人の女がいた。

失恋にも負けず、婚活うつにも負けず、アポ、アポ、アポの日々。

なぜって、元カレよりも素敵な人と結婚したいから……。

これは「真面目に努力すれば、結婚できる」そう信じて疑わない、早稲女・夏希の『婚活アポダイアリー』。

◆これまでのあらすじ

マッチングアプリでの婚活に奮闘する夏希。裕也とデートを重ねるうちに、彼への気持ちがだんだんと大きくなっていく。そんなある日、職場の後輩・沙里奈が裕也の元カノであることに気づく。

そして、裕也と3回目のデートをした翌日、沙里奈に「裕也くんとどういう関係なんですか?」と追及され…。

▶前回:「何このツイート!?」32歳東大卒のエリートとデート中。27歳女が見てしまった男のヤバい裏の顔



元カノとの対峙


「裕也さんと、どういう関係って言われても…」

裕也といい感じで3回目のデートを終えた翌日。20階にあるオフィスのエレベーターホールで、沙里奈が裕也と私の関係を尋ねてきた。

私は突然の質問にたじろぎながらも、促されてエレベーターに乗り込む。中には誰もおらず、1階に着くまで彼女の追及から逃れられないことを意味していた。

― 沙里奈の目的って何なのかしら…。

沙里奈は、無表情で「閉」ボタンを連打している。扉がぴったりと閉まった瞬間、彼女はこちらに向き直った。

「夏希さん、裕也くんとデートしてますよね?久しぶりに彼に会ったら、やたらと誰かとLINEしてる様子で。覗き込んだら、夏希さんの名前が見えたんです」

「な、なるほど…。たしかに私、LINEはフルネームで登録してるわ…」

まるで断罪するかのような口ぶりで喋る沙里奈に、私はすっかり気圧されてしまう。

キツい見た目の美人が怒るのは迫力があるけど、沙里奈のようなタレ目のかわいい系に詰められるのもまた、ギャップがあって凄みを感じるのだ。

― で、でも。別に私悪いことしてないよね?

お互いにフリーの2人が会うことについて、元カノの沙里奈にとやかく言われる筋合いはない。だから堂々としていればいいのだ、と私は気を取り直す。

「…そうね、たしかに裕也さんとデートしてるわ。ここ2ヶ月くらいで、何回か会ってる」

「やっぱり…!」

沙里奈が声を上げた瞬間、ポーン、と停止音が鳴り、エレベーターは1階に到着した。しかし、ホッとした私の心中を見透かすかのように、彼女は不敵に微笑む。

「夏希さん、せっかくだしランチご一緒しませんか?」


沙里奈と直接対決した夏希が、彼女に言われた衝撃のこととは?

牽制


「わあ…!ここ、初めて来ました。窯焼きピザ、おいしそう♡」

大手町駅直結のカジュアルイタリアンに入ると、さっきまでの剣幕はどこへやら、沙里奈はウキウキと上機嫌だ。



ランチセットのマルゲリータを注文し終えると、沙里奈は、裕也との出会いから今に至るまでを丁寧に順を追って話し始めた。

大学生の時に、食事会で5歳年上の裕也と出会い、1年ほど付き合ったこと。

最初は、社会人との大人な恋愛が刺激的だった。でも、彼の仕事が忙しくなり会う回数が減り寂しくなる。その時ちょうど自分にアプローチしてくる人が現れ、別れたこと…。

「この前、トイレで夏希さんと喋ったときに彼の写真みて。懐かしくなって久しぶりに連絡を取って会ったんです。

そしたら、やっぱり優しくてカッコよくて…改めていいなって思っちゃいました。だから、夏希さんが中途半端な気持ちで彼と会ってるなら、身を引いてほしくて」

「中途半端な気持ちって…」

「他の人と天秤にかけながら彼と会ってるなら、やめてください」

突然のことに、思わず目を丸くする。彼女の言う通り、裕也の他にも会っている人はいる。

― だけど、婚活ってそういうものじゃないの…?

男も女もアプリをやっている以上、常に誰かと比較されるのはお互いさまで、暗黙の了解なはずだ。といっても、私にだって、裕也を好きな気持ちはある。

「あなたの気持ちは理解したけど、私も彼のことをいいなって思ってるの。会うのをやめるつもりはないわ」

「そんな…」

キッパリと告げると、沙里奈は何か言いたげだったが、私はさらに言葉を続けた。

「それに、誰を選ぶか決めるのは、あなたじゃなくて彼でしょ?」

「…まあ、それはたしかに」

なおも不服そうなものの、納得したように沙里奈はうなずいた。

「でも私、本気で頑張りますよ。私、いま誰よりも彼のこと好きな自信ありますもん。絶対に復縁しますから!」

そう言うなり、「じゃ、冷めちゃうし食べましょう!」と運ばれてきた巨大なピザをパクパクと平らげていく沙里奈。気持ちのいい食べっぷりを見ていると、ほっそりした体のどこにそんなに入っていくのだろうかと驚いてしまう。

― すごい勢いだけど、素直な子だわ。彼も、こういうところに惹かれたのかな…。

胸がチクリと痛み、裕也に対する気持ちが大きくなっていることを実感する。

それに、沙里奈の言うとおり、私はアプリで出会う男たちを冷静に天秤にかけながら婚活を進めている。冷静だということは、それだけ相手に夢中になっていないとういことでもある。

― 沙里奈みたいに、好きな人に向かって一直線だった時、私にもあったんだけどな。

彼女の真っすぐな想いを眩しく感じながら、私は少し冷めかけたピザを口に運んだのだった。





その週末。

私は大学時代の友人・美春に誘われ、新宿御苑での『男女2対2で散歩』がテーマの婚活イベントに来ていた。

青山のPR会社に勤務する美春は婚活仲間で、こうして時々イベントに参加しては、近況報告をしている。

「アプリで会った人の元カノが同じ職場に?すごい偶然!にしても、その子も久々に会った元カレのLINEをめざとくチェックするなんて、なかなかのやり手だね」

開始時間まで待っている間に、沙里奈のことを話すと、美春は感心したようにうなずく。

「彼とうまくいきたいなら、夏希けっこう頑張らないとダメなんじゃない?」

「そうなんだよね…」

美春の言葉に、私はうなだれる。元カノのことを「今は吹っ切れてる」と言う裕也の言葉を信じたい。けれどあのデート以来、彼から来るLINEのペースはやや落ちている。

「あ、てかさ」

考え込んでいたら、ふと思い出したように美春が顔を上げる。

「この前、大学の時に入ってたフットサルサークルのオンライン飲み会で、颯太くんと久々に会ったよ。彼、今フリーなんだって。そろそろ実家のお茶園を継ぐ準備しなきゃってことで、お嫁さん候補を探してるみたい」

「へ、へー。そうなんだ」

さっきまで裕也のことで頭がいっぱいだったのに、急に元カレの颯太くんの話題を出され、動揺してしまう。

大学の時の共通の友達から彼の話を聞く機会は時々あったけど、“マカロン女”と別れていたのは初耳だった。

そんなことを考えていると、アナウンスが聞こえてきた。

「“お散歩コン”に参加の皆さま、お待たせいたしました。こちらへお集まりください!」


お散歩合コンで出会った男性に見覚えが…?

婚活イベントで、一度会った人と再会


「…げ。あの人、前に他の婚活イベントで会ったわ。連絡先交換したけど、LINEスルーしちゃったんだよね…」

司会者の号令で近寄ってくる男性を見て、美春が呟く。シンプルな白いTシャツとハーフパンツにTOD’Sのスリッポンを合わせている彼は清潔感があって、私的には好印象だ。

「爽やかでいい人そうじゃない。何がダメだったの?」

「いや、特にないんだけど…なんだろ、違和感?」

美春が肩をすくめる。

「お話し中すみません、あちらの男性と合流をお願いします。1名キャンセルになったので、2対1になってしまうのですが…」

「あ、わかりました」

司会者に声をかけられて顔を向けると、先ほどの男性が歩いてくる。

「…彼、美春と前に会ってるの、気づいてなさそうじゃない?」

「うん、そんな気がする。どうしよう」

「どうせ最後LINE交換する流れになったらバレちゃうし、早めに言ったほうが…」

こそこそと喋っていると、「初めまして!」と話しかけられた。意を決した美春が「あの、実は…」と口を開きかけたけれど、それに気づかない彼はにこやかに続ける。



「僕、こういうイベントに参加するの初めてで。初参加でこんなに綺麗な方々とご一緒できるなんて思わなくて、正直緊張してます。初回なので、お手柔らかにお願いしますね!」

私たちは顔を見合わせる。

― 婚活イベントに何度も来ていることを隠したがる人って結構いるけど、なにもそんなに「初めて」を強調しなくても…。

一瞬フリーズするも、頭の回転の早い美春は彼の気持ちを汲んで「初参加なんですね!綺麗だなんてそんな〜♡」と調子を合わせ始めた。

私も慌てて、「私たちも“おさんぽコン”は初めてなんですよ〜!」と相づちを打つ。

そんな感じで、私たちは新宿御苑内をのんびりと歩き始めた。彼に話したように、このスタイルの婚活イベントには今回初めて参加したけど、顔を向かい合わせて食事するよりも緊張が和らぐような気がする。

公園内を3人でおしゃべりしながら1時間ほど歩き、出発した場所に戻ってくると、「おかえりなさいませ!」と満面の笑みの司会者から出迎えられた。

「これもご縁でございますので、皆さま、ぜひLINE交換をお願いいたします!」

案の定、連絡先を交換するよう促される。一体どうするのだろうと、私は美春の様子を伺った。

「あれ…?僕たちもう、LINEで友達になってるんですね」

案の定、QRコードを読み込んだら、既にLINE上の友達だということがわかってしまう。履歴をあえて消していない限りは、トークルームにもやりとりが残っているはずだ。

さっと青ざめる彼に、美春はとぼけ顔で首を傾げる。

「ほんとだ。私、去年はお仕事の関係で業界のイベントにたくさん参加してたから、そこでお会いしたのかな?全然覚えてなくって、失礼しました!」

「…ああ!あのパーティーですね!」

明らかにホッとした表情の彼が、すかさず話を合わせた。「すごい、世間って狭いんですね〜!」と私が合いの手を入れると、「ほんと、狭い狭い」と美春がうなずく。

そうして、「いやー、狭い狭い。またどこかで会ったらぜひ…」と笑いながら去っていく彼を、私たちはぎこちない笑顔で見送ったのだった。



― はあ。ずっと歩き回ってたから、疲れたわ…。

美春と別れ、私はすっかりくたびれて新宿三丁目駅までの道のりを歩く。まだまだ暑い9月の午後に、気を使いながら長時間歩いたのでへとへとだ。

家までタクシーに乗ってしまおうか…と考えていると、スマホが鳴る。



表示された文字を見て、私は息が止まりそうになった。

『颯太:夏希、久しぶり。元気にしてる?この前美春と喋って、夏希のこと思い出してさ』

大恋愛した元カレからの、3年半ぶりのLINE。

驚きと懐かしさで、私はしばらく動くことができなかった。


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元カレからの久々の連絡。夏希の気持ちは…?