平日は全力で働き、週末は恋人と甘い時間を過ごす。

それが東京で生きる女たちの姿だろう。

でも恋人と、“週末”に会えないとわかると

「いったい何をしているの?」と疑心暗鬼になる女たち。

これは、土日に会えない男と、そんな男に恋した女のストーリー。

◆これまでのあらすじ

「土日には恋人とデートしたい」と考える笹本美加(28)は、土日に会えない恋人=脚本家の釘宮海斗(32)にフラれてしまう。

だが、互いの違いを認め合うカップルの話を聞いた海斗は「やり直したい。正式に付き合いたい」と美加に申し出る。振り回された美加は、怒りが込み上げるが…。

▶前回:「昼デートじゃ満足できない…」28歳女が週末のお泊りデートを望むワケ



8th weekend 「本当の、決断」

―土曜日―

『麻布十番の駅に着きました』

美加からLINEが入ったのは、約束した時間の10分前だった。

『散歩しながら話しませんか?』

海斗が返信する前に、美加から新たなLINEが届く。

てっきり自宅で一緒にランチすると思っていた海斗は、用意していた手作りカレーを鍋ごと冷蔵庫にしまい、急いで出かけた。

この日は東京の夏らしい湿った暑さだったが、青々とした空が心地良さをもたらしてくれる。

駅前の日陰で合流した美加は、ヒールの高いサンダルを履いていた。

「大丈夫?その靴で散歩して足が痛くならない?」

美加は答えず、自分の足元を見て押し黙った。

「…もしかして美加さん『急に散歩しよう』って思ったの?」

海斗が尋ねると、美加は神妙にうなずく。

「最初は海斗さんの家で会うつもりだったんですけど…。今さらなんですけど、私たちカレシ・カノジョになったわけじゃないし…家に上がるのはどうかなって。駅に着いてから思ったんです」

美加の言葉に海斗は悲観した。正式に付き合いたいと伝えたことに対する、美加なりの返答に思えたからだ。

落胆を隠して、努めて明るく海斗は言う。

「じゃ、スニーカーを買って履き替えてから散歩する?このあたりに靴屋さんってあったっけなぁ?」

「いえ、ここでいいです。散歩もやめましょう」

「えっ?」

「『付き合いたい』って海斗さんが言ってくれたけど、その答えを今ここで言います」


美加の返事は…。二人は結局付き合うのか…?

「えっ…今、ここで…?」と思わず海斗は聞き返す。

「今、ここで、言います」と強い口調で美加が言う。

その瞬間、海斗の顔が強張る。

「私も海斗さんが好きです。だけど、条件つきで付き合いたいと思っています」

「条件?…条件って…どんな?」

美加は、まっすぐに海斗を見て答えた。

「土日の過ごし方についてです」

― やっぱり、そうきたか。

美加と海斗にとって最も大きな違いは、土日の過ごし方だ。

土日に会いたい美加と、土日に会えない海斗。

いくらカップルとはいえ他人は他人だ。愛し合っていても「考え方の違い」は生まれる。その違いをどう認め合うか、どういう“策”で乗り切るか、それこそがカップルに試されることなのだろう。

この1週間、考えに考え抜いた海斗はひとつの“得策”に辿り着いていた。

ただ、まずは美加の“条件”を聞くのが先だ。

「私、やっぱり土日は会いたいです。土日に会えない男と付き合うなんて嫌なんです」

美加の言葉に、海斗は自分が否定されているような気がした。

「だから、土曜は会ってください」

― やっぱり土日に会いたいか…。

海斗は職業柄、土日に恋人と会うことは難しい。趣味のサッカーは我慢したとしても、土日の2日間をまるまる恋人に費やすことは…。

と、そこまで考えて不意に気づく。

「もしかして、土曜…だけでいいの?」

海斗が聞き返すと、美加はうなずく。

「はい。土曜です。土曜だけです。土曜だけ、私と会ってください」

「じゃ、日曜は?」

「脚本家って月曜に締め切りが発生することが多いんですよね?そしたら日曜は執筆してください。趣味に時間を使ってもいいです。私はノータッチ」

「……」

「その代わり、土曜だけは私に時間を使ってください」

海斗は驚いた。何から話せばいいか、わからない。

「…ダメですか?」

「ダメじゃない。むしろ全然いい。だって…」

そこで一度、海斗は大きく息を吐きだした。

「だって、同じことを俺も提案しようと思っていたから」



麻布十番の駅前で晴れてカレシ・カノジョとなった海斗と美加は、その後、六本木ヒルズまで移動した。

「付き合った記念」と理由づけして海斗がスニーカーを美加へプレゼントし、それから二人はたくさん散歩し、たくさん話した。

夜になって自宅へ到着すると、海斗は用意していたカレーを振る舞った。

美加は大きい声で何度も「おいしい」と言ってくれ、12時を過ぎる前に帰っていった。

「12時を回ると日曜になるから」

美加はそう言って笑いながら家を出て行った。



―日曜日―


フットサルや草サッカーをやる仲間たちに『今後は日曜の試合だけ参加する』とLINEで伝えてから、海斗は執筆に集中した。

明日の月曜もやはり締め切りがある。

昨日の土曜は丸一日、美加と過ごしたから執筆は遅れている。

正直、タイムロスだ。

もし土曜をすべて執筆の時間に充てていたら、今日はもっと楽だったはず。

― でも、これでいい。

海斗は執筆を始めて、すぐに気づいた。「むしろ、これがいい」と。

美加と土曜日を過ごしたことで、リフレッシュできたのだろう。海斗は筆が進んだ。

土日2日間を丸々執筆に充てるよりも、調子がいい。

夜になる前には、仕事はすべて片付いていた。

『昨日はありがとう。そして今日もありがとう。おかげで良いモノが書けたよ』

まもなく美加から返事が、画像付きで来た。

『こちらこそスニーカーをありがとう。今日もこれを履いて、女友達とゴハンをしていました』


こうして付き合いだした二人は…

60th weekend 「1年後の、決断」

―土曜日―

あっという間の1年だった。

海斗は、目黒にある美加の自宅へ向かう途中、しみじみと思う。

美加と付き合う前は、二人の違いは「土日に会いたい」「土日に会えない」ぐらいかと思っていたが、いざ付き合ってみると、他にも様々な違いがあると気づかされた。

愛し合うカップルでも、やはり他人だ。あらためて思い知らされる。

しかし違いに気づくたび、海斗と美加は話し合い、互いを認め合った。

言葉にすれば簡単なことでも実行するのは難しい。

喧嘩…とまではいかないものの、互いが不機嫌になることも珍しくなかった。

― それでも、楽しかった。

愛する相手の考えや主張を、自分のものとは違うと理解しながらも認めることは、これほどまでに楽しいことだったのかと海斗は気づいた。

正式に付き合って1年の記念日に、美加は手作りカレーを振る舞ってくれるという。

「1年前に御馳走してくれたから、そのお礼に」

先週の土曜にデートしたとき、美加はそう言っていた。

海斗も手ぶらで行くわけにはいかない。

カレーに合う赤ワインを用意し、美加の自宅マンションに到着する。

ドアが開くと、この1年、何度となく見せてくれた屈託のない笑顔で美加は出迎えてくれた。

同時に食欲をそそるカレーの香りが海斗の鼻腔を刺激する。

この日、海斗は赤ワインのほかに、もうひとつ用意しているものがあった。

「いただきますの前に聞いてほしいんだ」

運ばれてきたカレーが冷めないよう海斗は端的に言う。

「一緒に暮らそう」



―日曜日―


同棲の申し出。

それは海斗にとって人生初のイベントだった。

が、そんな一大決心をしたところで、締め切りがあることに変わりはない。

いつものように月曜朝のタイムリミットに備え、海斗は執筆に集中する。

同棲の提案に、美加は賛成してくれた。海斗は、嬉しかったが不安も残った。なぜなら、彼女は眉間にわずかにシワを寄せて目を伏せたからだ。

美加がそのような浮かない顔をするときは、彼女には言い足りないことがあるのだと、海斗はこの1年で理解していた。

「何か言いたいことがあった?」

カレーを食べながら尋ねたが、美加は答えなかった。彼女なりにまだ考えがまとまってないのだろうと海斗は思った。

― 本当は同棲したくないのかな…?

もしくは、と別の想定もする。

― 同棲するぐらいなら結婚したいのかな…?

案の定、夜になって美加からLINEが届く。

『昨日の話なんだけど…同棲するなら、住みたい場所があるの』

海斗は面食らった。

麻布十番の海斗の自宅は仕事場を兼ねていて、ひとつ部屋が余っている。当然、美加がそこに引っ越してくるものだとばかり思っていたからだ。自分の家以外で同棲する、という考えが及ばなかった自分が恥ずかしくなる。

『わかった。話し合おう。どこがいいの?』

海斗がLINEを返すと、すぐに美加から返信が来た。

『メルボルン』

頭にたくさんのクエスチョンマークが湧く。同時に吹き出してしまった。

― これはまた、たくさん話し合うしかなさそうだ。

海斗には、美加との交際2年目も飽きずに楽しい日々が始まる予感しかなかった。

Fin.


▶前回:「昼デートじゃ満足できない…」28歳女が週末のお泊りデートを望むワケ