夫は、こんな人だった―?

周りに相談しても、誰も信じてくれない。子どもと一緒に夫の機嫌を伺う日々…。

最近、こんなモラハラ夫に悩む妻が増えている。

有能で高収入な男性ほど、他人を支配しようとする傾向が強い。

優衣(29)も、経営者の夫が突然マンションを買った日から、徐々に自由を失っていく。

広告代理店ウーマンから、高級マンションという“籠”で飼い殺される専業主婦へ。

彼女が夫から逃げ出せる日はくるのだろうか―?



妻の不安


「優衣が退職かぁ…」

今日は優衣の最終出社日。

仲のいい同期は、パスタをくるくるとフォークで絡めながら、小さくため息をついた。

「羨ましいな。専業主婦なんて、このご時世なりたくてもなれないもの」

優衣はその言葉に反論する。

「好きで辞めるんじゃないわ。旦那が勝手にマンションを買って引っ越しを決めたから…」

中堅の広告代理店に入社して10年。この春、念願だったマーケティング部に異動したばかり。

なのに優衣が退職するのは、夫・雄二が勝手にマンションを購入し、もうすぐ3歳になる息子の保育園事情などお構いなしに、引っ越しを決めてしまったためだ。

夫は育児には一切手を貸さない。

これまでなんの不安もなく仕事に打ち込めていたのは、保育園に通わせていたから。でも引っ越す先である渋谷区では、保育園に入れなかった。

― 保育園に空きがあれば、退職しなくても済んだのに…。

夫は経営者で、観葉植物を企業や家庭にリースする仕事をしている。オフィスは、購入したマンションから歩いて5分ほどの場所だ。

今住んでいる杉並から、会社へのアクセスが悪いとしきりに訴えられてはいた。だが、何の相談もなく引っ越しを決められてしまうとは想像もしていなかった。

これまでになく違和感がある夫の行動。優衣はこれから始まる新生活に、不安を抱えていた。


夫が独断でマンションを購入。いきなりの事後報告に妻は絶句し…

2億の家を即決


今からちょうど半年前。2019年の春のことだ。

子どもを寝室で寝かしつけていると、雄二がバタバタと帰ってきた。

「静かに入ってきてくれないと、雄斗が起きちゃうじゃない!」

優衣の文句にも耳を貸さず、夫はなにやら楽しそうに含み笑いをしている。

「優衣、ちょっとここに座って」

雄二に手を引かれ、優衣はリビングのソファに座らされる。

「じゃじゃーん!」

仰々しく雄二から渡されたのは、一冊のパンフレットだった。

『原宿の新築分譲マンション!ファッションタウンの中心に佇む唯一無二の邸宅』

重厚な低層マンションの写真とともに飛び込んできた「分譲マンション」という文字に優衣の心臓がバクバクと音を立て始めた。

「も、もしかして…?」

恐る恐る尋ねた。

「そう、そのもしかして。買っちゃいました!マンション!」

雄二は目を輝かせ、意気揚々と答えた。

「え!?買った?モデルルーム見にいこう、とかじゃなくて?いつの間に買ったのよ?ローンは?」

矢のように質問を投げかけているうちに、さっきまでの胸の高鳴りはどこぞへ消え去った。

そして、なんの相談もなくマンションを買っていた事後報告に、優衣はただただ唖然とするしかなかった。

― 原宿の新築マンションなんて…。

「一応ローンは組んだよ。審査も通ったし、完成は1年後。引っ越し楽しみだなー」

子どものように雄二ははしゃいでいる。

「う、うん。でも原宿で新築なんていくらしたの?」

「金額のことは気にしなくていいよ。資産価値のあるマンションを買っておけば、老後も安心だろ?」

雄二が余裕たっぷりに笑う様子を見ても、優衣は不安を隠せなかった。

夫が寝たあと、一体どんな家なのかと気になってネットで検索してみる。

夫が購入したというマンションは、原宿にあるファッションビルの横道を通り抜け、キャットストリートの辺りにある物件だった。間取りは2SLDK。

売り出し価格も一緒に調べてみると、2億を余裕で上回る高級分譲マンションのようだ。

実は起業して以降、優衣と雄二はお互いの稼ぎを把握していない夫婦だった。家賃と光熱費、そして保育園料はすべて雄二が負担している。

優衣が担当しているのは、子どものリトミックと食費くらいのものだ。

優衣は年収900万ほどの給与をもらい、そのほとんどを自由に使うことができたため、実際夫がいくら稼いでいるのか、あまり気にしてこなかったのだ。

― 仕事がうまくいってるのは知っていたけど、なんの相談もなしに原宿にマンションを買うなんて…。

こう言ってはなんだが、雄二はFランクの私大出身にしては、頭も切れ、仕事ができる。それも、驚くほどに直感が働く男だ。

それまで勤めていた種苗メーカーを辞め、マイホームの頭金のために貯金していたお金をすべてつぎ込んで起業すると言い出したときも、直感だった。

でもこのときは、決断する前にきちんと相談があったのだ。

向こう見ずでも情熱を持って仕事をする夫を尊敬していた優衣は、「2年で軌道に乗らなかったら辞める」という条件で、承諾。

だから今回は、急に新築マンション購入を決定してしまった夫に、不信感を覚えざるを得なかった。



雄二の取り組んでいる事業は、珍しくてオシャレな観葉植物や多肉植物を月替わりでリースできる、言わば植木のサブスク。

義母いわく、雄二は子どもの頃から植物を育てるのがうまく、祖父が育てていた盆栽も彼が世話をするようになってから花を咲かせるようになったそうだ。

結婚後しつこいほど聞かされた話に半信半疑だったが、まんざら嘘ではなかった。

夫の事業の評判は、オシャレなカフェやアパレル店舗、デザイン事務所などに口コミで伝わり、あっという間に、30人の社員を抱える会社に成長したのだった。


保育園が見つからないと嘆く妻に、夫が放った冷たい言葉



引っ越しを聞かされてまもなく、優衣は思わぬ壁に直面した。

渋谷区役所へ保育園の相談に行ったところ、空きがないと言われてしまったのだ。

認可保育園の入園は基本4月。優衣たちが引っ越しするのは10月半ばだが、途中入園は空きがなければ認められない。

その日の夜、テレビを見ながらワインを飲んでいる夫に、現状を打ち明けた。

「渋谷区役所に問い合わせてみたんだけど、2歳児クラスは途中から入れる園がいまのところないみたいなの」

しかし夫は、顔も上げずに答えた。

「へえ、そうなんだ」

保育園に入れない場合のことなど、まったく気に留めていないようだ。

優衣は、夫の態度に若干の違和感を覚えつつも、いくつかの案を提示してみる。

「引っ越しを少し先延ばしするか、予定通り引っ越して保育園の空きが出るまでシッターさんをお願いするか。1〜2ヶ月も待てば空くかもしれないし」

だが、雄二はソファに預けていた体を起こし、真顔でこう言ったのだ。

「ベビーシッターって毎日呼んだらいくらかかるの?それってもちろん、自分で払うんだよね?保育園がいつ空くかもわからないのに、もったいなくない?」

何も相談されず引っ越しを決められた側としては、黙って引き下がるわけにはいかない。優衣は強い口調で言い返す。

「だって、預けなくちゃ仕事に行けないじゃない!」

優衣が最後まで言い切らないうちに、夫は言葉を被せるように言い放った。

「絶対延期はしないよ。新築だから、くじ引きで引っ越しの日にちが決められてるし」

そして当然とでもいうかのように、夫は思わぬことを口にしたのだ。

「ていうか、お前が仕事やめればいいじゃん。金には困ってないんだし」

「えっ…」

優衣はその言葉に呆然とした。するとそれに気づいた雄二が、今度は取り繕うように言葉を足す。



「ごめん、俺、言いすぎたね。でもさ、優衣はいつも仕事に一生懸命で、ちょっとのんびりしたらどうかな、って前から思ってたんだよね」

雄二はいきなり父親然として、話を続ける。

「原宿は保育園通わせる人、少ないってさ。あのあたりの人はみんな私立の小学校受験を念頭に幼稚園に入れるらしい。うちもそうしたら?インターでもいい。将来英語に困らないようにしてあげるのも、親の務めなんじゃない?」

退職、幼稚園、原宿、インター…

今までの自分の生活には浮かんでこなかったワードが頭の中を飛び交う。

確かに雄斗は可愛い盛りで、できるだけ一緒に過ごした方がいいという気持ちはあるし、夫の稼ぎさえあれば生活にも困らないだろう。

何より優衣は、夫の傍若無人さと、一方的な怒りをぶつけられ、言い返す気力を失いつつあった。

自分の意思とは関係なく、生活も人生までもが決められていく不快感を鎮めようと、優衣は一点を見つめゆっくりと息を吐く。

すると、雄二が苛立ちながら声をあげる。

「ていうか、さっきから聞いてると、仕事仕事って言うけど…。俺が誰のためにあのマンション買ったと思ってんだよ?もっと喜んでくれると思ってたんだけどなぁ」

今まで見たことのなかった夫の一面を目の当たりにし、優衣は思わず言葉を失う。

― この人、前からこんな人だった?

マンション購入を機に、優衣は夫という人物がわからなくなっていた。

無鉄砲ながらも、大切なことは必ず相談してくれていた夫が、急に変わってしまったように思えたのだ。

こうして優衣はそれ以上の反論を諦め、しぶしぶ退職を了承したのだった。

このときはまだ、自分の自由になる収入がなくなるということが、どういうことなのかを予想していなかった。


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「え?足りないの?」夫の言葉に絶句する妻。自由になるお金が欲しい…。