婚活に奮闘する人たちは、初デートのことをこう呼ぶ。

「婚活アポ」

ある程度仲良くなるまで、男女の約束は仕事と同様"アポイントメント"なのだ。

そんな激しい婚活市場で、数撃ちゃ当たるとでも言わんばかりに、東奔西走する一人の女がいた。

失恋にも負けず、婚活うつにも負けず、アポ、アポ、アポの日々。

なぜって、元カレよりも素敵な人と結婚したいから……。

これは「真面目に努力すれば、結婚できる」そう信じて疑わない、早稲女・夏希の『婚活アポダイアリー』。

◆これまでのあらすじ

アプリで出会った裕也とデートを重ねるうちに、彼への気持ちが大きくなっていく夏希。

そんなある日、3年半前に別れた元カレ・颯太から連絡がきて会うことに。2度目のデートで、「結婚を前提に、もう一度付き合ってください」と言われた夏希だが…。

▶前回:「まさか…?」アプリで出会った彼のログイン状況をチェックする女が、見てしまった衝撃のモノ



元カレからの告白


「俺と、結婚を前提に、もう一度付き合ってください」

「…!」

コースディナーも終盤、メインの和牛フィレ肉に舌鼓を打っていた時だった。

颯太くんの真剣なまなざしに、ストレートな言葉での告白。

ふと、付き合い始めた7年前の記憶が頭をよぎった。

― あの時も、はっきりと『付き合おう』って言ってくれたな…。

変わらない真っすぐさに、胸が温かくなる。

「…すっごく嬉しい。夢を見てるみたい」

感慨深くつぶやいた私に、颯太くんは「なんだよそれ」とおかしそうに笑った。

突然の告白は嬉しかったけれど、頭の中でぐるぐると色んなことを考えていた。

彼と結婚するとなると、仕事を辞めて静岡に行くことになるけど大丈夫かな…とか。子どもが産まれたら、お茶園の後継者として育てることになるんだな…とか。

それに、今付き合うことをオッケーしてしまったら、私が別れてからずっと颯太くんを想っていたみたいで悔しい、とか。

「少し、時間をもらってもいいかな?一緒に静岡に行く覚悟ができるか、考えたいの」

もったいぶって返事をすると「もちろん。納得いくまで考えて」と颯太くんは、言った。

― この人って、なんでいつもこう自信に満ち溢れてるのかしら。常に、勝ち組オーラ漂ってるのよねぇ。

彼の爽やかな笑顔を見ながら、私は、ぼんやりとそんなことを考えていた。


週明けから、颯太は夏希に対する積極的なアプローチを始める。夏希はどうする…?



週が明け、月曜日の14時。

会社の共用ラウンジで、私はコーヒーを片手にため息をついていた。この2日間、あまりよく眠れていない。

― はあ…。色々と考えることはあるけど、今週末は裕也くんとデートなのよね。

颯太くんへの返事を保留にしたもう一つの理由は、裕也のことがあるからだ。

「あ、夏希さん!お疲れさまです」

聞き慣れた声にハッとして顔を上げると、沙里奈が立っている。

「ちょっと、ここ座ってもいいですか?」

返事を待たずに隣の席に腰を下ろし、ぐいと私の顔を覗きこんでくる沙里奈。

「夏希さん。この前、私のインスタのストーリーズ見てましたよね?足跡見て気づいちゃいました」

「ああ、『ブルーノート』のね…」

回らない頭のせいで、要らぬことを口にしてしまった。言った瞬間「まずい、またこっそりSNSを見てるのがばれた」とヒヤヒヤする。

「やっぱり!私、フォロワー3万人目指してるんです。あんな感じの投稿をよく上げてるので、夏希さんもぜひフォローしてくださいね」

「は、はあ…」

「それにしても、ブルーノートはやっぱりデートにぴったりですね♡安定のクオリティでした!」

妙に耳に残る『デート』というフレーズに、私はつい反応してしまう。

「…デートで行ったってこと?」

「えー、夏希さん。それ聞くんですか?そうですねぇ…」

私の質問に、どこか楽しげな様子の沙里奈。たっぷり3秒ほど黙り込んだ後、形の良い唇をゆっくりと開く。

「ご想像におまかせします♡」

そう言うなり彼女は立ち上がり、軽やかな足取りで去っていく。

― 今の何!?なんか、ムカつくんですけど。裕也くんとヨリを戻したっていうアピール?

追及することもかなわず、上品に巻かれたロングヘアが艶やかに波打つその背中を、私は呆然と見送ったのだった。



モヤモヤとした気持ちのままデスクに戻って作業を始めたとき、不意にポケットの中でスマホが振動した。

取り出してみると、颯太くんからのLINEだ。

『颯太:金曜の夜、空いてない?軽く食事できないかな』

このタイミングで颯太くんから連絡がくるなんて、神様が颯太くんにしておきなさい、とでも言っているのかもしれない。

『夏希:空いてるよ!ごはん行こっか』

即レスして、颯太くんに会うのを楽しみに、私は仕事に集中した。





金曜日


「ここ、颯太くんのお父様が出したお店なの?おしゃれだね」

「うん。もともと老舗の喫茶店だったのを居抜きで借りて、カフェバーみたいな感じに仕上げて出店したんだって」

私たちは神保町の一角にある、レトロな喫茶店に来ていた。

純喫茶の佇まいでありながら、よく見ると、ちょっとしたパーティーに役立ちそうなぴかぴかのプロジェクターや、最新の音響機器が備え付けられている。

「夏希に嫁いでもらったらさ、こういう新しい事業も一緒にできるかなと思って」

言いながら、颯太くんはバケットをひょいとつまむ。

「夏希が今まで培ってきたキャリアも活かせると思うんだ。もちろん、子育ては俺も手伝うし」

「う、うん…」と私は曖昧に微笑む。

― 私、まだ返事してないけど、彼の中ではもう結婚することになってるのね…。

「うちの親も、学生時代に付き合ってた夏希なら大歓迎って言ってるよ!」

― 話進めるの早っ!

「そ、そうなんだ!ありがたいなぁ」と相づちを打ちつつ、私は考えていた。

自分の中で感じていた、漠然とした“迷い”の正体について。

当たり前のように私が食事を取り分けること、一緒に過ごした思い出を、全然大切にしていないこと。

そして、両親の意向を何よりも尊重すること――

― でも、自由な学生時代ならまだしも、跡継ぎとして親の意向を気にかけるのは当然よね。それに、好きな気持ちさえあれば、多少の違和感は耐えられるはず…。

自分にそう言い聞かせながら、彼の横に置かれたままの真鯛のカルパッチョが気になり、器に取り分け始めた。

一方の颯太くんは、なおも話し続けている。

「前に親に紹介した子はサラリーマン家庭だったから親も反対したけど、夏希のお父さん、静岡で事業やってるでしょ?俺の父親と地元の商工会で交流あるらしくてさ。

だからこそ、親も夏希を推してくれてる。そういう意味でも、夏希は完璧なんだよ!」


べた褒めする颯太に、夏希は…?

彼の言葉に、私はそっと失望のため息をつく。

心の奥底に渦巻く迷いや不信感が、彼の気持ちに応えることを拒否していた。

― 私、颯太くんを好きなのではなく、“マカロン女”に勝ちたかっただけなのかもしれない…。

颯太くんへの愛情は時間が経つにつれ、彼を奪ったマカロン女や、彼女のような華やかな女性への羨望とコンプレックスに変わっていたのだ。

そのことをやっと自覚した。

手にしたカトラリーを静かに置く。

「ごめん…。やっぱり私、颯太くんと結婚はできない」



私が出した答えに、彼はしばし固まった。

「…そっか、仕方ないね」

長い沈黙のあと、颯太くんはその一言だけ、ぽつりとつぶやく。

「理由を聞きたい気持ちもあるけど、いまは聞かないでおく。また落ち着いたら、普通に友達としてゴハンいこう」

「…うん。今日は誘ってくれて本当にありがとう」

そんな日が来ることはもうないと知っていながら、私たちは無理やりつくった笑顔で言葉を交わす。

颯太くんは、最後まで紳士だった。



「桜木町のロープウェイ、面白かったね」

「裕也くん、本当にそう思ってる?高所恐怖症だからって、半分くらい目閉じてましたよ」

ザ・カハラ・ホテル&リゾート 横浜内の『日本料理 濱』で私は裕也と食事していた。

今日は、中華街を散策したり、今年桜木町にできたばかりのロープウェイに一緒に乗ったりして、カップルかのように1日楽しく過ごしたのだ。

お昼からの横浜デートを提案したのは、私だった。

颯太くんの登場があり、裕也の穏やかなところに惹かれている自分に気づいたから。もっと一緒に彼と時間を過ごしたいと思ったのだ。

「夏希ちゃん。…あのさ」

くつろいだ気分で黒毛和牛のすき煮を口に運んでいたら、裕也がふと真面目な顔でこちらを見つめる。

「俺、初めて会った時から夏希ちゃんのこといいなって思ってて。よかったら、付き合ってくれないかな」

「…うん。私も裕也くんと付き合いたいなって思ってた」

「いいの?よかったー!」

ああ、緊張してたから喉渇いてきた、と言いながらグラスを手に取り、勢いよく水を飲み始める裕也に、思わず吹き出した。

嬉しさや恥ずかしさ、幸福感が胸の内を満たしていく。

― こんなに温かい気持ちになるのは、どれくらいぶりだろう…。

これから裕也の彼女としてデートできると思うと、私は喜びを抑えられなかった。



「今日は、夏希ちゃんの方から『お昼からデートしよう』って言ってくれたから、告白する決意ができたんだ」

裕也は、私が何を考えているのかわからないから…好かれてる自信がなかったと言う。

「そんなふうに思ってたんだ」

「まあね。男って、『100%決められるゴールにしかシュートを打たない』ってよく言うじゃん?」

裕也の言葉に、私は納得してうなずく。

― よかった。自分から踏み込んでみて、正解だった…。

私も今までの婚活では、いつだって予防線を張っていた。結婚を目指してがむしゃらにアポを取り付けるものの、傷ついた過去を繰り返すのもまた、怖かった。

だから複数のカードを手元に置きながら、決定打は相手に委ね、自分から強く攻め打つことはしなかったのだ。

でも、自分の気持ちに正直な沙里奈や、まっすぐに想いを伝えてくれた颯太くんと接して、昨夜「自分から踏み込んでみよう」と意を決したのだ。

優しい顔でうなずく裕也に、愛おしさを感じる。

「…あ。そういえば」

「なに?」

「あのね。裕也くんの元カノのこと、はっきり聞いておきたいんだけど」

思わせぶりに翻弄してくる沙里奈のことはずっと聞きたかったし、話したいことでもあった。私が姿勢を正して彼に向き直ると、彼は座っていながらたじろぐように、少し体をのけぞらせる。

「ええ?なんの話?たしかに突然元カノが現れて、数回会ったけど。それだけだよ。俺、戻ることはないって伝えたし」

裕也の慌てた様子が、なんだかかわいい。思えば、初めて会った時から、感情を素直に表現する人だった。

「そうなんだ!よかった。ねぇ、明日はどこに一緒にいく?」

テーブルの上にある裕也の手にそっと触れながら質問すると、彼がそっと手を握り返してくれた。

彼となら、うまくやっていけるような気がした。

Fin.


▶前回:「まさか…?」アプリで出会った彼のログイン状況をチェックする女が、見てしまった衝撃のモノ