「あのコは、やめた方がいい」

恋人との交際を友人から反対されたら、あなたはどうしますか。

愛する人を、変わらずに信じ続けられますか。

そして、女が隠す“真実”とは…?

これは、愛と真実に葛藤する男の物語。

◆これまでのあらすじ

誠は恋人・咲良が、親友の圭一の婚約者・真紀に対する中学時代のいじめの首謀者だと聞き、愕然とする。誠は咲良に別れを告げるも、彼女は納得していない様子。そんななか、真紀と咲良が直接対決することを聞き…。

▶前回:婚約破棄された女のありえない行動の数々。因縁の同級生が女から受けるさらなる仕打ちとは…



2020年5月


ターミナル駅近くにある広々した純喫茶。そこに、咲良は1人待っていた。

感染症対策のパーティションや観葉植物が所々にあるため、幸いにも個々の客の独立性が保たれているその店。誠と圭一は大きめのマスクで顔を覆うなど多少の変装をし、咲良の背後のボックス席に座った。

背中を向ける彼女に、今のところ気づかれている様子はない。

「お久しぶりです…」

2人が入店して程なく、咲良の前に真紀が現れる。

腕の傷跡を隠すエルメスのバングルに、落ち着いた色合いながらもロゴがあしらわれたフェンディのワンピース…。

煽っているようにも見えるが、真紀のいつものスタイルだ。誠は双方の心中を想像する。

しかし、次の瞬間聞こえてきたのは咲良の明るい声であった。

「こちらこそ。来てくれて嬉しい♪」

圭一と誠の間に緊張感が走った。

一切の気まずさを感じない咲良。場を和ませようとあえてそうしているとしても、その神経の太さに愕然する。

「一度話し合っておきたいと思ってね。昔のこと気にしてるようだから」


やけに明るく振舞う咲良に、真紀の反応は…

咲良が明るく話しかけても、真紀は言葉を発しなかった。

咲良はなんとかして自分のペースに持ち込もうと、マシンガンのように話し始める。

「まさかお互いの恋人が親友だったなんてねー。あ、そうそう、あなた今、音楽やっているんですって?私たちの結婚式でちょっと演奏してよ。友達のよしみで」

しかし、真紀は静かに黙っているだけだった。

― 彼女は一体、何しに来たんだろう。やっぱり、まさか…。

誠は不安になり、真紀が持ってきたバッグを見た。洋服と同じブランドの、財布さえ入れば十分な小さなバッグ。人を傷つける何かが入る余地がないことを確認し、誠は安堵する。

「…杉田さん、もし、私が昔、何かしていたら謝るけど」

咲良はついにしびれを切らしたようだ。低い声で投げやりにつぶやく。

それでも、真紀は何も言わない。

その不気味さからか、咲良もどこか焦りつつも平静を装い言葉を続ける。

「ま、あんま覚えていないけどね。子供の頃のことよ。大人だし、いいかげんしがみつくのもどうかなって思うよ…」

誠の頭の中に松尾の顔がよぎった。

後悔なのか恥ずかしさなのか怒りなのか…。気持ちが沈んでゆく自分がいた。

「裕福なあなたはわからないでしょうけど、私だって幸せになりたいの。片親で、お金ないのに無理していい学校に行かせてくれたお母さんに感謝したいし。横槍入れるのはよして、お願い!」

ウインクして両手を合わせる咲良。

圭一は会話の聞き取りに集中するためか、顔をずっと伏せている。逃げ出したくなりそうなヒリヒリとした空気だ。

そして次の瞬間。勢いよく机を叩く音が店内に響いた。

「…何!?私は一度あなたの気を悪くしただけで、一生反省してなきゃならないの?幸せになる権利はないの?」

高圧的な態度にも、真紀は一切怯まない。そして、ついに口を開き、静かに告げるのだった。

「私は、一生許さない…」



まるで今にも刃を向けそうな迫力だ。だが彼女の反応は「怖っ」と、つぶやくだけだった。しかも、半笑いで。

誠は、ただただ気持ちが沈んだ。

― やっと出会えた運命の人だと思ったのに…。こんな女性に、僕は…。

真紀の忠告にもかかわらず、浮かれて何も見えなくなっていた自分が情けなく、劣等感のどん底に陥った。

すると、真紀は突然、きっぱりと言い放つ。

「咲良さん。誠さんは、やめたほうがいい。あんな素敵な人、あなたにはもったいなくて、合うとは思えない」

誠は目を見開き、真紀の方を見た。

「今日はそれを言いに来たの。彼とは、別れて。そして、私の前から消えて」

「ハァ?」

真紀は立ち上がり、千円札をテーブルに置いた。

― 素敵な人…か。

絶望に陥った心が、いつの間にか温かくなっていた。これが、救われたというのだろうか。

真紀の言葉はお世辞かもしれないが、嬉しかった。熱い思いがあふれ、タガが外れそうになる。

「ありがとう、真紀さん…!」

誠は思わず立ち上がってしまった。静かな店内に、ガタっと大きな音が響く。

その大きな音に反応して、真紀と咲良が誠たちの方に振り向いた。

「…!?」

誠と圭一の姿を目にした咲良のその顔は、今まで見たことがないほど蒼白していた。

「誠さん…。なんで――」


誠の決断と、新たなる旅立ち

2020年10月


咲良と真紀の直接対決から数ヶ月後。誠は湘南の高台にある、緑あふれる庭を擁するフレンチレストランにいた。

控えめながらもセンスのいいデコレーションがあしらわれたガーデンテラスの中心には、満面の笑みで微笑んでいる圭一と相変わらず美しい真紀がいた。

このご時世ということもあり、20人にも満たない小さな結婚式。参列者は首都圏に住む親せきと数人の知人のみという。

「おめでとう。やっと挙げることができたね」

「ほんと、長かったよ。な、真紀」

「私は別に…」

友人代表として参加した誠が声をかけると、真紀はクールに反応した。

「ごめん。彼女、このあと演奏が控えているから」

彼女の塩対応を、圭一は小声で申し訳なさそうに謝る。式のフィナーレは真紀のヴァイオリン演奏である。実は、誠は真紀の演奏を見るのは初めてで、かなり楽しみにしていた。



演奏のスタンバイに向かった真紀を見送り、誠は圭一としばし会話を交わす。ご時世ゆえ、こんな機会も久しぶりだ。

「―― 聞いたよ。北海道に行くんだって?」

圭一は誠に尋ねた。その通り、誠は会社の新設研究所の主任技師に抜擢され、札幌に転勤が決まったのだ。

「ああ。この機会を逃したくないと思って」

「そっかぁ。ま、いいんじゃない?東京じゃ、色々あったもんな」

圭一の言葉に誠は苦笑いだ。

あの喫茶店の一件以来、咲良には会っていない。何かあったときのため、代理人を準備していたが、驚くほど何もなかった。

むしろ、彼女と出会ったアプリを退会するために久々に見たところ、しれっと再び活動していたのを見たのは少々複雑な気持ちにもなったが。

「もう、こりごりだよ。まぁ、あっちに行ったら、いやでも色恋から遠ざかると思うけど」

「…そうだ札幌なら、沙耶佳が研修や芸術祭の手伝いでよく行っているよ。そのときに飯でも連れて行ってやれば?」

「なんだよ、妹とくっつけようとしているのか?」

名前が聞こえたからか、遠くで親戚と歓談していた沙耶佳が2人の方を見て「ん?」という表情をする。

「だって、今勧められる女は、それしかいないんだよ。今回の件で女性は第一印象では判断できないことがよくわかったよ…」

圭一の言葉に、誠はビールを飲みつつ自嘲気味に答えた。

「ま、しばらくは1人でいるよ。もし沙耶佳ちゃんが来たら旨い寿司屋にでも連れて行くから、連絡してって言っておいてよ」

「寿司屋ね…。ファミレスから成長したな」

そう告げて背中を強く叩いた圭一。誠は意味がわからなかったが、その顔は満面の笑みだ。


北海道に栄転する誠。旅立ちの日、空港に思いがけない人物が…

司会に促され、演奏用のドレスに着替えた真紀が登場すると、その存在感に誠は固唾をのんだ。

表情はいつも知る柔らかな彼女のそれではなく、ヴァイオリニストのものだ。彼女の演奏するフリッツ・クライスラーを聴きながら、誠は以前圭一から聞いたことを思い出す。

それは、真紀が中学の途中で留学することになったおかげで、音楽に専念できるようになり、今があるということ。

きっと、真紀はあの頃、ヴァイオリンとともに過ごしている時間だけが、嫌なことを忘れられる時間だったのだろう。

多くの練習量が呼び込んだ確かな技術と、痛みを知る人間が持つ優しさが表現されている真紀の演奏に、誠の胸は熱くなった。

正直に言うと、出会った頃に抱いていたほのかな真紀への気持ちが今でも完全に消えているわけではない。

だが、彼女に僕は相応しくないのだ。あの圭一さえも謙虚になるほどの女性なのだから。

自分で、自分に囁く。「あのコはやめた方がいい」と。

僕にはきっとまた、いい人が見つかるはずだ。

演奏が終わり、圭一が隣で彼女の腰に手を回す。胸が少し痛くなり、誠は2人から目を逸らすのだった。





1ヶ月後。誠は羽田から北海道へ旅立った。

淋しさは何もない。大学も田舎だったため、地方での暮らしには慣れている。誠はむしろ、希望でいっぱいだった。

「あれ、奥久保っち?」

スーツケースを引き空港を闊歩していると、誰かから声をかけられた。

その人物にはまったく見覚えがなかった。しかし、彼の口から出てきた名前に、誠は合点する。

「松尾だよ中学の時、同じクラスだった」

金色に染められた髪、浅黒い肌、貫禄のある大柄な体型。あの頃と見た目は変わっているが、納得のいく変化の仕方だった。

「もちろん覚えているよな?俺さ、今、シンガポールで起業していてさ…」

男は、気さくに誠の肩を叩く。

「…すみません、人違いじゃないですかね」

誠は笑顔を見せつつ、即座にその場を離れた。松尾がそのとき、どんな顔をしていたのかは知る由もない。

少し前だったら、戸惑って足がすくんでしまっていただろう。

開き直って立ち去る強さをくれた真紀に、誠は改めて心の中でお礼を言うのだった。


Fin


▶前回:婚約破棄された女のありえない行動の数々。因縁の同級生が女から受けるさらなる仕打ちとは…