「女は所詮、金やステータスでしか男を見ていない」

ハイステータスな独身男で、女性に対する考え方をこじらせる者は多い。

誰も自分の内面は見てくれないと決めつけ、近づいてくる女性を見下しては「俺に釣り合う女はいない」と虚勢を張る。

そんなアラフォーこじらせ男が、ついに婚活を開始。

彼のひねくれた価値観ごと愛してくれる“運命の女性”は現れるのか―?

◆これまでのあらすじ

経営者の明人は、友人に頼まれ登録した婚活アプリでマイとデートをする。全く好みではなかったが、予想外の行動で明人は恥をかかされてしまう。彼女を幻滅させようと、デートで大衆酒場に連れていったが…。

▶前回:2回目のデートでここ…?経営者との婚活アポで、古びた大衆酒場に連れてこられた女は思わず…



Vol.3 おもしろい女


明人がマイを連れて行った店は、感度の高い著名人がお忍びで来店する、知る人ぞ知る酒場の名店だった。

明人がこの辺りの6畳アパートに住んでいたころ、毎日のように訪れていた店だが、最近の昭和レトロブームや近辺の再開発によっていつの間にか注目スポットとなっていたようだ。

「本当においしい〜!」

「そうですか…」

下町の匂いで充満する店内で、頬を紅潮させながら名物・梅割りを堪能するマイ。アブラのたれ焼きもモグモグとおいしそうに食べている。

他の中年客がそうしているように、明人は言葉少なに清酒・大関と真っ黒な煮込みに向き合った。

チビチビと口に運んでいると、マイの熱い視線に気づく。

「こういった場所にさらりと入れるアキヒトさんって本物をわかっている人だと思います」

大げさな褒め言葉が、なんだか馬鹿にされているような気がした。皮肉をこめ、明人は彼女に尋ねた。

「マイさん、外食、あまりしたことないでしょ?」

「いえいえ。むしろ毎日外食です。料理苦手で、仕事から帰ると作る気がしなくて」

嫌味を率直な言葉で返され、明人は面食らった。しかも、こういう時にも男ウケする回答ができない彼女にまたしてもいらだってしまう。

― それにしても、仕事しているんだな…。

尋ねると、スタートアップの小さな教育系企業で働いていると彼女は答えた。

マイは、アプリのプロフィールには職業も年収も登録していなかった。そのうえ呼び出しにすぐ応じ、約束も時間帯問わず調整可能と言っていたので、実は無職なのだと思い込んでいた。

― でも毎日外食?金銭感覚大丈夫なのか…?


帰り際、マイはまたしても明人の心を乱す言葉を放つ…

小さな会社で、時間に融通が利くパートかアルバイト。彼女の給料はさほど多くないと、明人は推測した。だからこそ、社長である自分を狙っているのだろうが…。

「よく行くのは、会社近くの愛宕グリーンヒルズにある『ゼックス・サルヴァトーレ クオモ ブロス』ですね。素敵なお店なので、今度お連れしますよ」

「ああ…機会があれば」

会話の中で自然に次のデートの約束を取り付けようとしてくる彼女。

そう考えると、決して高級ではないこの店で無邪気にふるまう姿にもあざとさを感じてしまう。

― またしても無駄な時間だったな…。

結局、明人の憂さは晴れずじまいだった。

面白い女だとは思うが、マイと一緒にいると調子が狂う。価値観も確実に合わない。明人は「もう3度目はない」と当然のことながら感じた。

「そろそろ、いいんじゃん」

強面の店主が明人に向かって冷たい声でつぶやく。

時間にして1時間ほどだが、このような混雑した大衆酒場ではサッと飲んで帰るのがマナーである。

かつてこの店に頻繁に訪れていた時は、物足りなさを残しながら帰ることもあったが、この日はもう十分に感じた。

「すんません。ごっそうさんでした」

明人はそそくさと支払ったあと、マイに目配せをして退店したのだった。



「あの、これ私の分です」

帰りのタクシーの中、マイは明人にお札の入ったポチ袋を差し出した。

「いいよ。この前、払ってもらったから」

「でも、念願の場所にご招待いただきましたし、わざわざ時間を作ってくださったので」

彼女の丁寧さが癪に障った。酒が入っていたこともあり、ポロリと本音が出てしまう。

「ちょっと勘違いされてるみたいだな。僕がマイさんをリーズナブルな飲み屋に連れて行ったのが、どういう意味かわかるよね?」



そう言うと、マイはハッとしたような顔を見せ、わかりやすく肩を落とした。

「…」

言い方がキツかったか―そんなことが頭によぎったとき、彼女は明人に改めてポチ袋を押し付けた。そして心配そうに明人の顔を覗き込んで言ったのだ。

「ごめんなさい…会社、大変なんですか?」

「え?」

タクシーが指定した浜松町の駅前に到着した。マイはこの近くに住まいがあるのだという。

「…では、また連絡しますね」

マイはそのままタクシーを降り、去って行った。

― “会社、大変なんですか”とは?

しばらくして、明人の懐具合を心配した言葉だと気がついた。

沸き上がる屈辱感。それ以上に、自分の会社を見下されたことが悔しかった。

金がない男と判断したならもう彼女は寄ってこないと安心する反面、どこか腑に落ちない。前回にもまして、モヤモヤが積み重なる。

「もう、最悪だ…」

頭を抱え漏らした言葉を聞いた運転手が「お兄さん、追いかけますか」と尋ねてきた。彼もまた何かを勘違いしているようで、明人は余計に腹が立ったのだった。


明人を癒す花のような美女が目の前に出現し…

日本酒を2合しか飲んでいないにもかかわらず、翌日の寝起きは悪かった。会社に向かうタクシーの中で、明人は頭を抱えている。

好みでない女性と無駄な時間を過ごし、そして同情までされた屈辱。

― もう、彼女のことは、考えないのが一番だ…。

わだかまりは残っていたが、明人はそっとアプリをスマホから削除する。

開発した知人から、紹介制ならではの安心感があると聞いたが、このことによって結局アプリにもろくな女がいないことを認識しただけだった。

― 自分にはもっとふさわしい女性がいるのだ。例えば…

女優でいえば北川景子のような。

誰からも羨ましがられる美貌と存在感のある女性。加えて、聞き分けが良く家庭的で、家事も完璧だったらなおさらいい。

「さて、と…」

明人は、仕事モードに頭を切り替えて背筋を伸ばした。今日も仕事は山ほどある。

失礼な女にいちいちイライラしている暇はないのだ。



タクシーを降りた明人が、自社の入るオフィスビルに足を踏み入れると、ふわりと甘くやわらかな花の匂いが漂っていた。

エレベーターホールで装花作業を行っているようだ。メインは百合の花だろうか。グリーンやキキョウなどをあしらったモダンな雰囲気のアレンジメントだ。

その美しさと香りは、荒んだ明人の心をにわかにリラックスさせる。

しばらく立ち止まって花を眺めていると、その視線に気づいたのか、花を生けていた女性が振り向いた。

「…あれ?」



百合の花に劣らぬ美しい女性。北川景子を思わせる凛とした瞳とスラリとした体型、透明感のある佇まいに見覚えがあった。

「…あの、僕たち、会ったことありますよね」

明人は思わず声をかけてしまう。

10年以上前だろうか―。

明人がアルバイト入社した当時、久保から誘われた食事会で会ったことがある女性だった。当時、彼女はフェリス女学院に通う女子大生だったはずだ。確か名前は恭香ちゃんといった。

彼女は首をかしげていたが、間違いはない。とびきりの美人だったから、すぐに思い出すことができた。

「高見堂社長、おはようございます」

明人の横を社員が挨拶しながら足早に過ぎ去る。その特徴的な苗字で、恭香もようやく気がついたようだった。

「高見堂…?あ、もしかして…」

「そう、すごい前だけど、食事会でご一緒したよね。今、お花屋さんなの?」

恭香は静かに頷いた。

水仕事で少々荒れているが、細く長い指に光るものは何もない。

明人はチャンスとばかりに、『代表取締役社長』と書かれた新品の名刺を差し出した。

「もしよかったら、今度飯でも行こうよ。ちょうど、オフィスに飾る花をどこに頼むか悩んでいたところでさ…」

肩書に群がる女を軽蔑しつつも、ここぞというところで社長という自分の地位をちらつかせてしまう自分が憎い。

「ぜひぜひ!…これ、私の名刺です」

彼女の美しさは、10年たっても全く変わっていなかった。その微笑みに約束の実現を確信し、明人はスマートにその場を去った。

― 昔は見向きもされなかったのにな…。

明人はその食事会で、彼女に連絡先交換を希望し、「携帯を忘れた」とはぐらかされたことを思い出した。

仕方ない、その食事会の当時、明人と久保はフリーター。外銀やテレビマンが揃う中での数合わせだったのだから。

彼女の名刺の名前も昔のままだ。

手のひらを返すような態度には引っかかるが、美女は例外だと考えてしまう自分が悔しい。

だが、明人は、あの頃は近づこうにも届かなかった女性を難なく食事に誘えるようになった自分を誇らしくも思ったのだった。


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かつてのあこがれの女性・恭香を得ようと奮闘する明人。初デートで彼は…