年収8桁は当たり前。
予約のとれないレストランに頻繁に通って、
画面の向こう側の人たちとコネクションがあって、
美男美女で賢くて…。

「あの人みたいになりたい」と、みんなから羨ましがられるハイスぺたち──。

けれど…

そんな人間も、実は人知れず意外な闇を抱えていること。

あなたは、ご存じですか?



ケース1:美人すぎる女社長


「美しすぎる女社長として注目を浴びてらっしゃいますが、苦労されたことなどありましたか?」

妙にパーソナルスペースの近いインタビュアーに対し、私は淡々といつもの定型文を口にする。

「そうですね、起業当初は何もわからず…」


“美人すぎる、女社長”。

いつしかそんな紋切り型のフレーズとともに、私は、キラキラした人間というレッテルを貼られるようになっていった。

数日後にはまた、IT業界の成功者お決まりのポーズ“ろくろを回すようなしぐさ”をして着飾った私が、SNSで拡散されるのだろう。

最初は、自分が成功した人間だと世間から認知されたことが嬉しくて嬉しくてたまらなかったけれど…。

誰かが勝手に作り上げた私の偶像が独り歩きしはじめ、徐々に私はそのギャップに苦しむようになった。

「ご自分のやりたい仕事を実現されていて…、本当に素敵ですね…!」

キラキラと目を輝かせたインタビュアーが、高尚な人を見るかのような眼差しでこちらを見つめる。

私はその視線に、息が苦しくなる。


新卒では、大手IT企業に入社した。若手が多く、活力のある社風に惹かれたからだ。

「よし、若いうちは仕事も頑張るぞ〜」と意気込んではいたけれど、当時は起業するつもりなんてさらさらなかった。

でも…そのIT企業では、30代で多くの人間が退職していった。

理由は、起業。

少しずつ仕事の楽しさを覚えた私にとって、自由な世界へと、更に大きな目標へと向かって羽ばたいていく先輩たちの背中は、それはそれは眩しかった。

あのインタビュアーが私に向けた眼差しと同じ目で、きっと私も彼らを見つめていたのだろう。

そして、私が社会人2年目のとき、仲の良かった女の先輩が起業した。身近な女性が起業したという事実は、私の背中を大きく押した。

彼女は女性向けメディアの立ち上げに奔走。会社員時代よりもギラっとした光を放ちながら働くその姿が、どうしようもなくかっこよく見えてしまったのだ。

― 私も、そっち側に行きたい。

直感的に、そう思った。



彼女の背中を追って私が起業したのは、その1年後のことだ。

「こんなアプリあったらいいな」という、ふとした自分の思いから、美容系アプリとサービスを展開した。

インタビューで答えたことに嘘はない。

本当に右も左もわからない中で、五反田の小さなワンルームでひとり事業計画書を書き、資金調達に奔走し、自分の描くサービスを実現するために必要な人材をひたすらコネを使って探し回った。

最初は私の頭にしかなかったふんわりとした空想が、現実味を帯び、ビジネスとして徐々に形になっていく。

自分の手で人生を切り開いている。自分の手で社会を変えるかもしれない価値を作り出している。

起業当初のそんな感覚や手応えは、ワクワク、高揚感、そんな陳腐なものじゃ表現しきれない。とにかく、生きているという実感が、そこにはあった。


それから3年、私は必死に働いた。

会社は堅調に業績を伸ばし、年商3億を稼ぐまでに成長。社員も3人雇うまでに至った。



憧れだったはずの先輩は、いつのまにか結婚して専業主婦になっていたけど…。もうその頃には、先輩のことなんて気にしていない自分がいた。

面識のない、他の起業家の先輩たちからも、私は何かにつけて繋がりたいと言われる側の人間になっていたのだ。

間違いなく、私は成功した。

けれど、そのとき、私はボロボロだった。


社員を雇い始めてからは、彼女たちの人生が自分の手にかかっているという事実が重くのしかかってきた。

事業だって、常に順調だったというわけではない。コロナの影響で一時売り上げがガクンと落ち込んだこともあったし、取引先に急に手の平を返されることも幾度となくあった。

中でも一番辛かったのは、「女だから」と言う理由での苦労だ。

あれは、知人から紹介されたエンジェル投資家の男性が、私の立ち上げたサービスに非常に興味を持ってくれたとき。

― このご縁は何としてでも掴みたい…。

そう感じた私は必死に自分の熱意を彼に伝え、幾度となくプライベートで食事に行ったのだ。

けれど、彼が最終的に言い放った言葉は、衝撃的なものだった。

「ごめんね。俺、女には融資しないんだ」

ただただデート相手が欲しかった彼に、私は都合よく使われていただけだったのだ。

時代錯誤甚だしい考えでも、投資するか否かの判断は個人の自由。

のちに、彼は起業したばかりの男の後輩に融資していたと知って、愕然とした。


…それでも、私は社長だ。

これくらいの苦労、乗り越えて当然。そう自分を鼓舞して、一緒に社員も鼓舞して、頑張った。

チープな話かもしれないけれど…、

― 苦労を乗り越えた先にはきっと明るい未来がある!!

そんな風に希望を捨てずに、我武者羅に働いた。

そして、無我夢中で働きつづけたある日、突然にそれは起こった。

「私たち、もう社長にはついていけません」

社員3人が揃って、私に直談判してきだのだ。

彼女たちはずっと前からアラートを上げていたらしい。何度もそれとなく、私に警告していたらしい。

けれど、仕事に夢中だった私にとってそれは、青天の霹靂だった。

なんとしてでも会社を大きくしてやる!
そのためなら苦労は厭わない!!
働きまくる!!!

そんなガッツを、彼女たちにも当たり前に押し付けてしまっていたのだ。

「ごめんなさい…そんなつもりじゃなかったんだけど…。どうしても、この事業を大きくしたくて…」

「そう思ってるの、社長だけですよ」

「…」

「この事業が、会社が大きくなって、私たちにどんないいことがあるんですか?」

「…」

「そりゃ、社長は儲かって有名になるかもしれないですけど。私たちにはどんなメリットがあるんですか?」

ぐうの音も出なかった。

必死に待遇改善案を考えてみたりもしたけれど、一度失った信頼というのは取り戻せない。

私は社員を失った。



それから、私はさらに必死に働かざるを得なくなった。そして気づくと、どんどんオス化していく自分がいた。

常に感じるプレッシャーのせいか、肌荒れは慢性化。ひどいときはファンデーションを塗るだけでヒリヒリする。些細なことかもしれないが、肌荒れは、人の気分を大きく沈ませる。

徐々に男性ホルモンが強くなったのだろうか。心なしか鼻下の産毛が濃くなっていたときには、さすがに自分でも危機感を覚えた。

気づけば、起業当初から恋人はおろか、まともにデートすらしていない。ときおり声を掛けてくれる男性はいるけれど、仕事が脳内構成比の99%を占めている今、誰かを好きになれる気なんてしなかったのだ。

けれど、社長として人前に出ることも多いし、ビジネスにおいては見た目もとても重要。

自分を綺麗に保つことも仕事の一環だと思い、美容には時間と費用を惜しまなかった。結果、自分の給料と休みは、レーザー治療や医療脱毛などの美容に消えていくだけだった。





「あ…、また濃くなってる…」

今日も私は、深夜のオフィスの洗面所で、自分のアゴあたりの産毛をまじまじと見つめる。

― 私、なんで起業したんだっけ…。

シェーバーで産毛を処理しながら、ふと、そんなことを考えることが多くなった。

果たしてなんのために起業したのか。

この苦しみはいつまで続くのか。

答えのない自問自答がぐるぐると脳内を駆け巡っては、ため息が漏れ出る。


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何もかも、恵まれすぎた男