自由気ままなバツイチ独身生活を楽しんでいた滝口(38)。

しかし、離婚した妻との間にできた小6の娘・エレンを引き取ることになり、生活が一変……。

これは東京に住む男が、男としての「第二の人生」を見つめ直す奮闘記である―。

◆これまでのあらすじ

元妻エリの事情により、娘のエレンとの暮らしが期間限定ではなく、この先も続くことが決定した。なんとかなる、と思っていた滝口だったが、私立の中学に入るとなると色々と問題がありそうだ…。

▶前回:離婚した元妻から突然連絡。家を出た本当の理由を告げられて。困惑した男は思わず…



Vol.11 父娘で取り組む中学受験


「私立の学校はほとんどお弁当よ。お父様、学校までUberで運んでもらうの?」

ミカ子の指摘に、なるほど確かに…と納得した滝口。

「さすがに、娘の弁当にUberはない、っていうくらいわかってますよ」

気まずそうに笑いながらも、ふと思う。

「あ、でもこの間見た学校は、学食や売店があったから…」

「お父様!」

ミカ子が下ごしらえの手を一旦止める。

「学食や売店はどこの学校でもあるけれど、新入生が上級生に混じってお昼を調達するなんて、だいぶハードルが高いわ。それに…」

「それに?」

「きっとエレンちゃんのお友達は、ママお手製の工夫を凝らしたお弁当を持ってくるはずです」

そう言うと、ミカ子は自分のスマホの画面を滝口の方に向けた。

「ハッシュタグは、中学生弁当。あるいは、#中学生弁当記録#女子中学生弁当などでインスタで検索なさって」

ミカ子に言われたとおり、Instagramで検索すると、さまざまな形の弁当箱に詰められたカラフルなお弁当が並んでいる。

「まあ、これは“映え”を意識している方もいらっしゃるけど」

「とはいえ…みなさんちゃんと弁当を持たせているってわけですね」

ミカ子は、うん、うんと頷きながら、また手を動かし始めた。

「お父様、私の著書に“頭がぐんぐんよくなる子ども弁当”っていうのがあるので、もしよかったらそちらをご覧になって」


滝口、初めての弁当作りに奮闘する。一方、中学受験の外部模試が始まり…

9月中旬。

2学期が始まって2週間が過ぎた。今日は日曜日だが、滝口は朝から忙しい。

― 午後からは模試だから、朝のうちにいろいろ片付けなくては。

元妻エリが当分帰国しないことがわかって迎えた、今年の夏。

一波乱あるかと思ったが、エレンは、淡々と受験勉強をこなしていた。

ミカ子が気を利かせて、時々勉強を見てくれたし、エレンは、1週間ほど塾の合宿に参加した時期もあった。だから、滝口は普段と変わらず仕事に集中できた。

だが、女性とデートを楽しむ以前のような滝口ではない。

― 1年限定の子育てじゃないから、腹括ってちゃんとやらないとな…。

今日は早朝から「弁当作り」に挑戦している。

ミカ子から「お弁当作りは、時間との勝負よ!“家を出る時間までに出来上がっているか”が優先」と言われ、まず弁当を詰める練習から始めることにしたのだ。



「この弁当箱は、深さがあるせいかな。僕のようなビギナーには詰めづらいな」

滝口が格闘しているのは、伊勢丹まで出向いて買ってきた“柴田慶信商店の丸い曲げわっぱ”だ。菜箸片手にミカ子の作った惣菜と、自分でなんとか巻ききっただし巻き卵を詰めようとしている。

「ま、こういうこともあるかと、もう一つ浅くて楕円のタイプも買ってある」

もう一方の曲げわっぱに、白米を詰めようとしていると、後ろから声がした。

「パパ!なにやってるの?え、まさか!?」

「そうなんだよ。中学校に上がってからお弁当であたふたしたくないからね。今日は日曜日だし、午後のエレンの模試まで時間もある。練習も兼ねてお昼ご飯は、弁当を食べよう」

エレンは弁当箱を覗き込み、それからまな板の端に残っただし巻き卵の切れっ端を口に放り込んだ。

「え、美味しい」

期待していなかったエレンの褒め言葉に、滝口の顔がパッと明るくなる。

「そうだろう。出汁もちゃんと取ったからな」

弁当作りの練習とはいえ、大きな鍋に鰹節と昆布で2リットルの出汁をとることから始めたのだ。

しかし、かけている手間を考えなくとも、自分の料理を娘に褒められただけでこんなに嬉しいとは、滝口自身思ってもみなかった。

また弁当箱を買いに行ったり、それを包む布を手拭い専門店まで見に行ったりと、今まで足を踏み入れることのなかった分野の買い物は、興味深かった。

滝口は、弁当作りが、新しい楽しみになりそうな気がしていた。

「今日の模試、どうやって行くの?」

広げた弁当包みの上に、2人分詰め終わった弁当を広げ、滝口とエレンはダイニングテーブルに向かい合わせで座っている。

「今日の会場は、巣鴨にある十文字中学だよな?」

エレンは、これまで数回模試を受けているが、どれも塾が会場となっていた。

今日は、初めての外部模試で、私立中学が会場となっている。本番に近い環境で模試を受けることができるのだ。

「パパが車で送ってくれるの?」

「車で行きたいところだが…ほら、ここに。公共機関でお越しくださいって書いてあるから電車で送るよ」

エレンは受験票を受け取り、時間や持ち物を確認する。

「終わるの17時半だけど。迎えに来てくれるの?」

何気なくエレンが言った一言に滝口はハッとした。

― そっか、会場に置いて帰るわけにもいかないのか。

試験は3時間ちょっと。それまで巣鴨で時間を潰すしかない。

「パパは試験が終わる頃、学校の前で待ってるから頑張ってきて」

エレンは安心したような顔をした。

「うん、気合入れて頑張るね」


模試結果にエレンが激しく落ち込み、滝口との関係が悪化…!?



10月初旬。

開封した郵便物を前に、エレンがしゃくり上げ大泣きしている。

「エレン、仕方がないじゃない。エレンも頑張ってるけど、みんなも同じように頑張って勉強しているんだから」

滝口が慰めるために言った言葉も、彼女の耳には届かないようだ。立ち上がるとリビングを出て、自分の部屋に閉じこもってしまった。

「やれやれ」とテーブルに散乱しているティッシュをかき集め、ゴミ箱に入れる。

そして、改めて開封された郵便物を手に取る。

9月中旬に巣鴨の十文字中学で受験した模試の結果だ。

一生懸命頑張った自分の努力と、試験時の手ごたえから、エレンはわくわくしながら封筒を開けた。

しかし、予想に反して、結果は、散々たるものだった。

志望校として書いた6校のうち、第一志望の香蘭女学校は1日目午前、2日午後ともに“E判定”、その他、立教女学院、吉祥女子など4校が“E判定”とある。

“E判定”とは、ほとんど合格の可能性がない場合につく判定。Dの場合だと、20〜30%程度の合格率、ということらしい。

「泣かなくたっていいよ。ほら、第6希望は“D判定”ついてるじゃない」

「Dじゃ入れない…」

どんな言葉をかけても、エレンは泣くことをやめず、滝口はほとほと困り果てた。

目の前で泣きじゃくる娘に対し、父親とはなんと無力なのだ、と滝口は思った。そして、ただ立ち直ってほしい一心で、ある言葉をかけたのだ。

「エレン、もっと偏差値の低いところを探してみようよ。入れるところに入ればいいじゃない」

娘を思ってかけた言葉が、火に油を注ぐ結果となる。

エレンは、これまで受験勉強で圧縮されていたストレスや感情をぶちまけるように、大声で泣き喚いた。

結局、滝口のかけた言葉の数々もむなしく、彼女は大きな音で自室のドアを閉め、出てこなくなった。



それから1時間後。

いつもより遅くやってきたミカ子に、模試結果とエレンの様子を相談してみた。

「まあ…それは、それはお父様…。女心がわかっているようで、まったくわかってらっしゃらないのね」

「そっか。そうですよね。すみません」

肩を落とす滝口。

「自分がこれから6年間通う学校なんだから、必死になるのは当たり前です」

制服が自分に似合うか、学校に通うときに通る道、大学受験はあるのか、部活はどんな種類があるのか。子どもなりに一生懸命、自分の将来を考えているはずだ、とミカ子は言った。

「それを、入れるところに入ればいいじゃない、ですって?」

ミカ子があきれた様子で続ける。

「エレンちゃんが泣いているのは、成績が悪かったこともあるけれど、お父様の“入れりゃどこでもいい発言”に泣いているんです。お父様、見かけは、こんなに素敵なのに…」

大袈裟なほど残念そうにうな垂れるミカ子だったが、すぐに顔をあげてフフフと笑った。

「こういう状況から脱する方法は、ないこともないですよ」

「えっ、一体どうすれば?」

滝口は藁にもすがる思いだ。

「エレンちゃんととことん話し合って、彼女が納得した上で、志望校を変更すること。あるいは、エレンちゃんの偏差値を合格ラインまで必死で上げること」

「それって、当たり前といえば当たり前の…」

滝口がそこまで言いかけたとき、バタンとドアが開き、エレンがリビングにつかつかと入ってきた。

「私、志望校変えないから」

泣きはらした目の奥に、滝口は子どもなりの強い決意のようなものを感じた。

「と、エレンちゃんは言ってるけど、お父様どうなさるかよーくお考えになって」

ミカ子は滝口とエレン、2人の顔を交互に意味ありげな笑いを浮かべていた。


▶前回:離婚した元妻から突然連絡。家を出た本当の理由を告げられて。困惑した男は思わず…

▶1話目はこちら:浮気がバレて離婚した男。6年ぶりに元妻から電話があったので出てみたら…

▶NEXT:7月23日 土曜更新予定
最終回:とうとうやってきた受験本番。エレンの結果は?選んだ学校は?