「あんなに優しかったのに、一体どうして?」

交際4年目の彼氏に突然浮気された、高野瀬 柚(28)。

失意の底に沈んだ彼女には、ある切り札があった。

彼女の親友は、誰もが振り向くようなイケメンなのだ。

「お願い。あなたの魅力で、あの女を落としてきてくれない?」

“どうしても彼氏を取り戻したい”柚の願いは、叶うのか──。

◆これまでのあらすじ
柚の期待を裏切るかたちで、穂乃果の不貞行為への調査が一時中断となった。「妊娠した」という穂乃果の報告があったからだ。しかし創は、穂乃果の妊娠が嘘だということを暴く。

▶前回:無言で差し出されたAirPods。言われるがまま耳に入れると、とんでもない録音が…



柚は、音源を聞いてもにわかに信じられなかった。

「穂乃果さん…どうしてそんな嘘がつけたんだろう?」

「穂乃果はそういう人なんだよ。これ送るから、早く穂乃果の旦那さんに教えてあげたら?」

「ありがとう、そうするわ」

今回の穂乃果の嘘は、秀和の優しさを踏みにじる最悪な行為だと思う。怒りにまかせてアイスコーヒーを飲み干したとき、創は小声で言った。

「この音声で失望するのは、穂乃果の旦那さんだけじゃないだろうなあ」

「…どういうこと?」

「賢也だよ。あいつにとっても、この音声は最悪なもののはずだ。だって穂乃果は俺に、『他に男なんていない』って明言してるんだよ?賢也と仲良くしてたくせに」

そうか、と柚は合点する。

賢也にこの音声を聞かせれば、間違いなく傷つくはずだ。

賢也は所詮二番手で、穂乃果は本当は創を求めていたのだ───こんなこと、プライドの高い賢也が受け入れられるはずがない。

この音声は、賢也と穂乃果の関係を修復不能にさせる力を持っている。

「…でも、もういいの」

柚は、空のドリンクカップを持ったまま力なく言った。

「もういいのよ。穂乃果さんと賢也は、結婚でもなんでもしたらいいわ」

創は「え、そうなの?」と意外そうな声をもらす。

「柚は、なんだかんだ言って、賢也を穂乃果にとられるのが許せないのかと思ってた」

「うん。ついさっきまではね。でも今は…」


「…今、この音声を聞いて思ったの。穂乃果さんは賢也によくお似合いよ。最低な者同士ね」

「じゃあ、賢也にこのボイスメモは聞かせないの?」

「うん。知らずに一緒になればいいわ」

穂乃果の人間性に失望し、賢也を奪い返そうという気持ちすら失せたのだ。

「ねえ、創。どこかで夜ご飯食べて帰ろう。今日からは、賢也のためにご飯つくるのも嫌なの」



創と食事を終えて自宅に戻ると、賢也は家で料理をしていた。

「遅かったね」

「ただいま。…なに?ご飯作ってくれてたの?」

「うん。柚が帰ってこないから、仕方なくね。もうすぐできる」

賢也の声はそっけない。

「悪いけど、私もう外で食べてきたのよ。だからいらない」

「は?なら連絡くらいしてよ。せっかく作ったのに」

― せっかく作ったのに…?

柚は、つい鼻で笑った。

賢也が浮気をし始めてから、自分が何回そう思ってきたか。自分の今までの行動振り返ってから言ってほしい。

「…作ったご飯を食べてもらえない悲しみが、ようやくわかった?」

言い捨てて自分の部屋に戻ろうとすると、背後から「かわいくないやつだな」という声が聞こえてきた。

― かわいくないやつで結構。

賢也からどんな冷たい言葉を浴びせられても、もう悲しみも怒りも感じない。自分の中にあった賢也への愛も、こだわりも、もう消え去っていることを改めて自覚した。

― 賢也には、もう憎しみすら残ってないの。穂乃果さんのこともどうでもいい。今はただ、秀和さんに真実を知ってほしいだけ。

柚の中にある感情は、秀和への同情だけなのだった。



自分の部屋のドアを閉め、パソコンを開く。

「音声を聞いたら、秀和さんはさすがに怒るだろうな…」

穂乃果はきっとまだ、お腹の中に赤ちゃんなどいないことを秀和には白状してはいないだろう。

「怒られたくないから」という理由で妊娠を装って、問題を後回しにしながら、男漁りを楽しんでいる。

…秀和が、気の毒だ。

「早く、真実を知ってもらわないと。でも、どうしよう…」

Gmailで新規メッセージを開いたはいいが、手がピタッと止まる。どう伝えればいいのかわからなかったのだ。

「そもそも秀和さんは、創の存在なんて知る由もないし…」

音声を突然聞かされたら、秀和は当然、なぜこの音声を持っているのかと柚を疑い出すだろう。

柚は、自分が穂乃果の元へ創を送り込んだことなど知られたくなかった。

日付が変わるまでじっくり考えた結果、苦し紛れに、メールにはこう書いた。

「実は私も、賢也の行動を監視したくて業者をつけていたんです。それでその人が、穂乃果さんと接触したみたいで。この音声、聞いてください。穂乃果さんは、嘘をついています」

冷静に考えれば怪しい。でも深く考えても無駄だ。それより、ボイスメモをいち早く聞いてほしかった。

メールに音声データを添付して送信ボタンを押す。

Gmailから新着メッセージの通知がきたのは、翌朝のことだった。


『なんですか、これは。幼稚な妻だ。離婚します。もう迷いはないです』

シンプルなメッセージ。

これが、秀和との最後のやりとりになった。



離婚の話が現実に進み出した結果、穂乃果は、ものすごい勢いで創にすがった。

「予想はできていたけど、予想以上の勢いだ」と創は電話の向こうで苦笑いする。

穂乃果からは、こんなLINEが立て続けに来ているそうだ。

『創、ほんとに離婚が決まりそうだわ。会えるかな?』

『創と結婚できるなら、私この上なく幸せ』

…創があんなふうに口説いたのだから、当然だ。

「俺、これはさすがに悪いことしたかな」

「まあ、そうかも。私が言える立場じゃないけど」

言葉をにごすと、創はあっけらかんとこう言う。

「面倒だし、穂乃果のLINEブロックするわ」

当てにしていた創に予定外にフラれ、穂乃果はどうするか――その答えは、おおかた予想がつく。

― 穂乃果さんは賢也にすがるだろうな。第二希望の、賢也に。

案の定だった。

休日の昼、賢也は柚をリビングに呼び出し、仰々しく「話さなきゃいけないことがあるんだ」とテーブルに手をついた。



「なに?」

「別れてほしい」

「…そう」

1ミリも気持ちが揺れない自分に内心驚きながら、柚は淡々とした様子で聞いた。

「例の人妻と一緒になるの?」

「うん、実はそうなんだ。でもあの子は、もう人妻じゃない」

賢也は、生き生きとした様子で言う。

「彼女ね、正式に離婚したそうなんだ。それで、俺に助けてほしいって連絡をくれて。…ほら、あの子は稼ぐ力がないから。だから俺がどうにかしてあげないと」

「そう」

― 賢也、所詮穂乃果さんの「第二希望」だったくせにね。でももう、知らなくていいわ。

「よかったじゃない」

「え、それだけ?」

あっさり受け入れたことが、賢也には意外だったのかもしれない。

「うん。お幸せに」

「そっか…柚には、ほんとにかわいそうなことをした。反省してるよ」

そのあと、賢也はボソッと言った。

「柚、次の彼氏ができたらもっと追わせる女になりなね。正直、ちょっと重かったよ。尽してくれるのはいいけど、追いかけたくなる要素があんまりなかったんだよね」

その言葉に、無関心状態だった心が目覚める。

― なによそれ!…もういい、あの音声を聞かせてやる!


▶前回:無言で差し出されたAirPods。言われるがまま耳に入れると、とんでもない録音が…

▶1話目はこちら:「あの女を、誘惑して…」彼氏の浮気現場を目的した女が、男友達にしたありえない依頼

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ボイスメモを聞かされた賢也は…