何不自由ない生活を送っているように見える、港区のアッパー層たち。

だが、どんな恵まれた人間にも小さな不満はある。小さな諍いが火種となり、後に思いがけないトラブルを招く場合も…。

しがらみの多い彼らだからこそ、問題が複雑化し、被害も大きくなりやすいのだ。

誰しもひとつは抱えているであろう、“人には言えないトラブルの火種”を、実際の事例から見てみよう。

記事最後には弁護士からのアドバイスも掲載!

▶前回:2.5mも離れた夫の背後から、こっそりと…。男を監視するために、妻がしていたコト



Vol.10 夫の不貞を暴く罠

【今回のケース】
■登場人物
・妻=美織(34)元エステティシャン、美容サロンオーナー
・夫=悠人(36)大手アパレルメーカー勤務

夫の母親からチェーン展開する美容サロンを贈与によって受け継いだが、離婚によりそれを手放さなければいけないのか不安。

『美容サロンのオーナーになりました!』

美織は、ルーフバルコニーのロッキングチェアに腰掛け、Instagramをチェックする。

1週間ほど前に投稿した、おそらく自分のSNS史上最高の報告に、50件ほどの“いいね”がついている。

報告の内容は、先日、夫・悠人の母親が経営していた美容サロンを受け継いで、美織が社長に就任したことを伝えるものだった。

義母は、持病のヘルニアが悪化し、療養に専念するために一線を退き、そのポジションを嫁である美織に譲ったのだ。

― “いいね”が少なすぎるんだけど…。

美織のInstagramは、更新頻度が低いこともありフォロワー数も少ない。とはいえ、少し物足りなさを覚える。

美織はスマホをタップし、別のページに切り替える。悠人のアカウントだ。

『バルコニーで育てたミントで自作モヒート』

グリーンのミントが鮮やかに映える、カクテルの写真の添えられた投稿だ。



ごく日常的な報告にもかかわらず、なんと“いいね”が150件以上もついている。

悠人はマメな性格で、更新を頻繁に行い、アップする写真にもこだわりを持っていた。最近は自撮りなども増えて、ナルシストな一面をのぞかせている。

美織は、再びスマホの画面を切り替えた。悠人の投稿に“いいね”を押した人たちの一覧を覗く。

指でスクロールしながら、ある憶測をもとに名前を目で追う。

― このなかに、悠人の浮気相手がいるに違いない…。


「そんな色のシャツ、持ってたっけ?」

悠人が出かけようとしているところで、美織が声をかけた。見たことのないライトグリーンのシャツを着ている。

「ああ、そうそう。この前買ったんだよ」

夏に涼しげな色を取り入れるのは理解できるが、悠人の好みのものとは思えない。

悠人は人当たりがよく寛容なタイプではあるが、自分なりのこだわりを持ち、周りの意見に左右されることはあまりない。

美織への対応も同様であり、悠人に何かを勧めても受け入れてもらえることは少ない。

それが、最近変わってきたように感じる。

服装だけではなく、髪型、持ちものなどにも僅かに変化が見て取れる。

夫婦だからこそ気づく、微妙な差。女性の影響を受けているからに違いない。

妻である自分の声はまったく届かなかったにもかかわらず、横入りしてきたような女にフラフラとなびく軽々しい態度に嫉妬を覚える。

― 相手はいったい誰なの?

美織は、出ていく悠人の背中に、そんな言葉を投げ掛ける。



―1ヶ月後―

休日、美織は昼間からルーフバルコニーに出て、パラソルの下でビールを飲んでいた。



テイクアウトしてきた『ハッピーアワー(HAPPY HOUR)』のサラダをつまんでいると、部屋から悠人が顔を出した。

「へえ、美織がクラフトビールなんて珍しいな」

美織の手に握られているビンを見てそう言う。

「あ、うん。最近ハマってて…」

悠人はそのままプランターに向かい、栽培しているミントに触れた。Instagramに投稿するためなのか、スマホを向けて写真を撮り始める。



「悠人、そういえばさ…」

美織が声をかける。

「この前の旅行の写真って、まだインスタにアップされてないよね?」

悠人は先日、友人たちと西伊豆のほうに1泊2日の小旅行に出かけた。

こうした交流は定期的に行われていたが、今回に関しては、不倫相手と出かけたものではないかと美織は睨んでいる。

旅行などのイベントごとを、悠人がインスタで報告しないはずがない。写真をアップしないのは、女性の影がチラつくのを警戒しているからでは、と美織は思った。

「ああ、それね…」

悠人が手を止めて立ち上がる。

「最近仕事が忙しくてさ、写真を選んでる暇がなかったんだよね」

悠人は、どこか取って付けたような理由を述べると、そそくさと部屋に戻っていく。

美織はスマホを手に取り、インスタを開いた。そして、さっき撮っておいたクラフトビールの写真をアップする。

『今日の1本!柑橘系の華やかな香りの中に感じるかすかな苦味。爽やかで夏にピッタリだね!』

普段の美織らしくない、愛想を振りまくようなキャプションを添える。

というのもこれは、美織の本来のアカウントではないからだ。

実は、美織は、悠人の不倫相手に目星をつけている。

インスタでの以前のコメントのやり取りや、つながっている友人たちをたどり、怪しいと感じる女性を見つけた。

アカウント名は、『rika_unity06』。プロフィール写真には、オレンジワインを飲んでいる横顔を使っている。

だが、このrikaという女性のアカウントは友人までの公開となっていて、投稿をのぞくことができない。

悠人の妻である自分が友人申請をすれば警戒されるに決まっている。そこで、偽アカウントを作ることにした。

美織はSNSには疎いが、エステティシャンとして普段多くの女性に接してきただけあって、女性が好むものを熟知している。

rikaのプロフィール写真を見て、オレンジワインという珍しいお酒を飲んでいるところから、お酒好きをアピールしているに違いないと踏んだ。

そこで、美織はインスタに別アカウントを作って、毎日のように珍しいクラフトビールの写真を投稿し始めた。

フォロワーが400人を超え、偽アカウントと疑われる要素がなくなったところで、rikaに友人申請をした。

するとそこで、スマホの画面にメッセージが表示される。

『rikaがフォローリクエストを承認しました』

美織はニンマリと微笑んだ。


離婚


rikaとInstagramでつながって3週間後、美織はテーブルの上に離婚届を広げて、悠人に署名を促した。

「ちょ、ちょっと、待って。なんで…!?」

悠人は、目を白黒させる。

「不倫してるでしょ?もう知ってるから」

美織はすかさず、スマホの画面を悠人のほうへと突き出す。

「相手はこの人でしょう?」

悠人は画面に映った人物を見て、言葉を失った。

美織は、申請が受け入れられたことでrikaの投稿を見ることができた。



悠人と同じようなアングル、同じような背景で撮られた写真がたくさんアップされていた。おそらく、悠人はこのrikaから自撮りの方法を教わったのだろう。

不倫が始まったと思われるのが3ヶ月ほど前であり、悠人の自撮りが増えた時期とも重なる。

「私ね、このrikaさん?っていう人にDMを送ったんだ」

「えっ…?」

悠人が怪訝な視線を向ける。

「いや、そんなの聞いてないけど…」

思わず口を滑らせ、しまったという表情を浮かべた。

悠人が旅行に出かけた日時、それと大体の場所を記して、直接聞いてみたのだ。

『rikaさんらしき人を見かけたんですけど、もしかして来ていましたか?』

すると、すぐに返信があった。

『行ってました!偶然ですね』

これで悠人との不倫は、ほぼ決定的なものとなった。

「さ、書いて」

美織が離婚届に手を添える。

「い、いいのかよ…。離婚したら、美織は俺の母親から引き継いだ美容サロンのオーナじゃなくなるぞ」

「何それ、脅し?」

悠人が伏し目がちに言い返す。

「脅しじゃないよ。離婚すると財産分与っていうのがあって、財産を夫婦で半分に分けることになるんだ。そうなったら、美容サロンも仕事も手放すことになるぞ」

悠人の言っていることは、苦し紛れの脅しに違いないと思うが、もし本当だとして、せっかく手に入れた美容サロンを奪われることになったらと考えると、美織は急に不安になる。

美織は、頭を整理するため、いったんバルコニーに出た。

大きく息をつくと、ミントのほのかな香りが鼻をくすぐった。




美織が、カーテンの隙間から部屋のなかをのぞくと…

いつかインスタにアップするつもりなのか、悠人がいろんな角度から離婚届を撮影している姿が見えた。



美織は、美容サロンは、すでに義母から譲り受けたものなので「財産分与の対象にならない」。つまり「サロンの経営権は失わない」と主張する。

しかし悠人は、つい最近まで母の財産だったのだから「財産分与の対象になる」。つまり「美織は経営権を失う」と強気の姿勢を崩さない。

美織は専門家の意見を仰ぐため、銀座に事務所を構える青木聡史先生のもとを訪れた。


〜監修弁護士青木聡史先生のコメント〜
結婚後に贈与を受けた財産は、特有財産として離婚の際の財産分与の対象とはならない


離婚の際の財産分与の対象となるのは、婚姻中に夫婦の協力で築いた共有財産であって、相続や第三者から受けた贈与によって無償で得た特有財産は、財産分与の対象になりません。

特有財産とは、「夫婦のどちらかが結婚する前から持っていた財産」か「婚姻後であってもその親族からの贈与や相続によって得た財産」などをいいます。

今回のケースは、後者の「婚姻後に親族からの贈与や相続によって得た財産」に関する問題であり、事業承継(会社の経営権を後継者に引き継ぐこと)として贈与された会社の株式などは、特有財産として扱われます。

ですからこのケースでは、夫側の母親の経営していた美容サロンを、妻側が贈与によって事業承継したかたちになり、 店自体は特有財産として扱われるため、手放す必要はないということになります。

財産分与の対象となるのは、共有財産や、それをもとに購入した資産です。今回の夫婦でいえば、結婚後に夫婦で貯めたお金で美容サロンを購入したのであるならば、財産分与の対象となります。


妻側が社長に就任しているような場合、夫側は、離婚を理由に妻を追い出すのは難しい


家族で会社を経営している夫婦の離婚は、トラブルになりやすい傾向があります。今回のケースのように、もともと一方配偶者の親族が行っていた事業を、他方配偶者が、受け継いだような場合です。

なぜなら親族経営の会社は、身内以外の者が経営に関わるのを望まないことが多いからです。そこで、今回のケースで仮に会社形態であった場合には、夫側の親族が、離婚をして親族から外れた妻を会社から排除しようとするわけです。

しかし、 離婚後に親族以外の者を追い出したいと考えても、このケースのように妻側が社長に就任していたり、すでに役員になっていたりする場合などは難しいです。

既に運営などに携わっている場合などは、解任したくてもできない状況となります。

逆に、妻側が会社の支配権を持つくらいの割合の株を保有している場合、夫側の親族を追い出すなどのケースに発展することもあります。

この場合、夫側の親族としては、任期途中での解任に対しては損害賠償を請求できるものの、役員への再任は厳しいものとなります。


監修:青木聡史弁護士

【プロフィール】
弁護士・税理士・社会保険労務士。弁護士法人MIA法律事務所(銀座、高崎、名古屋)代表社員。

京都大学法学部卒。企業や医療機関の顧問業務、社外役員業務の他、主に経営者や医師らの離婚事件、相続事件を多数取り扱っている。

【著書】
「弁護士のための医療法務入門」(第一法規)
「トラブル防止のための産業医実務」(公益財団法人産業医学振興財団)他、多数。


▶前回:2.5mも離れた夫の背後から、こっそりと…。男を監視するために、妻がしていたコト

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