― イイ男はすでに売約済み ―

婚活戦国時代の東京で、フリーの素敵な男性を捕まえるなんて、宝くじに当たるくらい難しいと言っても過言ではない。

待っているだけじゃ『イイ男』は現れない。

これだと思う人を見つけたら、緻密な戦略を立ててでも手に入れる価値がある。たとえその人に、彼女がいても…。

◆これまでのあらすじ

大手外資IT企業に勤める凛(30)は、独身で彼女なしのイイ男がほとんど残っていないことに愕然としていた。そんな時、憧れだった彼女持ちの悠馬に近づくため、会社の先輩である涼子から受けたアドバイスを実践していく。

▶前回:平日は即レスなのに、週末は連絡がない女。実は、男に内緒であることをしていて…



「では、久しぶりの再会を祝して、かんぱーい!」

丸ビルにある『灘の酒と和食 御影蔵』で、凛は大学時代のサークルのメンバーたちと再会した。

それぞれ結婚や就職・転勤などがあり、こうしてみんなで会うのは久しぶりだった。

もちろん、今狙っている悠馬も来ている。

早速大きな声で乾杯の音頭を取ったのは健太だ。明るくムードメーカーで、悠馬と一番仲が良い。

「みんなの話聞きたいんだけど、まずは悠馬。お前いつアメリカから戻ってきたんだよ。連絡くらいしろよ!」

「悪い。帰国早々健太のうるさい声が聞きたくなくて、つい…」

「おい!」

いつものノリで健太が悠馬に絡むのを見て、みんなの調子が学生時代に戻った。2人の会話に恵美も参戦する。

「そうですよ、凛が悠馬さんと偶然会ってなかったら、帰国のこと知らないままでしたよ」

すると健太が、隣に座る凛に向かって言った。

「そうそう、凛ちゃん!会うの久しぶりだよな。もう結婚した?確か商社マンの彼氏がいたよね?」

突然、雑に話をふられて慌てる凛。

― やだ、悠馬さんもいるのに…。



凛は、この場の空気を壊すまいと明るく答える。

「えっと…少し前に別れちゃいました!しかも、付き合っているときに二股されてたみたいで、向こうは私と別れた直後にでき婚したみたいです!」

言ったそばから「やばい、余計なこと言った…」と思った凛は、ビールをグビっと勢いよく飲んだ。すると健太が凛の頭をガシガシと撫でて「ワハハ」と笑った。

「そうか、よし。今日は飲もう!」

せっかくセットしてきた頭を無遠慮に触る健太の手をやんわりのけようとした時、凛の向かい側にいた悠馬が「やめろよ、セクハラで訴えられるぞ」と制した。

「おーごめん。でもふたり、こっそり再会したりして、ちょっと怪しいな。そういえば悠馬、昔凛ちゃんのこと気に入ってたよな?」

唐突な健太の暴露に凛はドキッとする。悠馬がどう答えるのか、みんなの視線が彼に集中した。

「いや、たまたま会っただけ。それにそんな昔の話、よく覚えてたな」

否定しない悠馬にさらに凛の胸は高鳴った。

「2人お似合いだよ!凛ちゃん今フリーなんだろ?」

親戚のおじさんのような健太の絡み方を、この時ばかりは讃えて見守る。しかし…。

「おい、凛ちゃん困ってるだろ?それに俺、彼女いるし」

知っていたのに、凛が彼女になれる可能性はないと断言された気がして凹む。

けれどそんなことはお構いなしに、健太や恵美が悠馬の彼女について、根掘り葉掘り聞き出す。



年齢は、悠馬の4つ下で28歳で、付き合って3年。

父親がアメリカ人、母親が日本人のハーフで美人。横浜にある高級ブランドショップで働いているという。

「遠恋で3年も続くなんてすごいな。結婚は?」
「遠距離は2年だし、途中別れていた時期もあるけどね。結婚はまだ…」

そう言って、悠馬は自分の話はいいから、と別の人に話題をふった。

― 超遠距離を乗り越えたなんて、絆深そうだな…。私に入り込む余地なんてあるの…?

凛は胸がチクリと痛む。

せめてもの救いは、悠馬が「彼女との結婚はまだ」と答えたことだけ。

涼子の『落とすのが難しそうな人ほど、案外簡単に落ちるもの』というのは、本当なのだろうか、と凛は考えていた。

これが本当だとしたら、悠馬でも可能性はあるのだろうか?と凛は藁にもすがる思いでその言葉に希望を見る。

楽しい時間はあっという間に過ぎ、24時を回り会はお開きとなった。

それぞれの方向でタクシーを乗り合わせることになり、恵比寿に住む凛は赤坂に住む悠馬と同じタクシーに。

「先に恵比寿へ行ってください。その後赤坂に」

遠いのに先に凛を送り届けてくれるという悠馬の優しさを噛み締めていると、彼が言った。

「結構飲んでたけど大丈夫?俺のせいで健太が絡んで悪かったね。あいついい奴なんだけど、たまに暴走しちゃうんだよ」

「大丈夫です。健太さん、優しいですよね。空気を和ませるために敢えてテンション上げてて。でも、髪をぐしゃぐしゃにされた時は、アッパーかまそうかと思っちゃいました」

悠馬は「ははっ、見たかったな」と冗談混じりに笑いながら凛を見つめた。

「やっぱり凛ちゃんはいい子だよな。人の長所を見つけるのがうまいっていうか。そういうとこ、いいよな」

酔っているせいか、いつもより饒舌な悠馬に、凛は嬉しくなる。しかも「昔気に入っていた」と知ってなおさらだ。

だが、上手な返しができずに固まってしまう。

タクシーの窓から東京のビル群が次々と流れていくなか、2人の間に少しの緊張感とほんのりと甘い空気が漂う。

凛は、座席の上で2cmも離れていない自分の左手と悠馬の右手を見つめた。

― ほんの少し手をずらせば、触れられる…。

凛は、少しだけ指を動かしてみた。

しかし、その瞬間、悠馬の彼女のことを思い出し、ピタリと動きを止めた。


― こんなに近いのに、すごく遠い…。

凛はズキズキと心が痛むせいで、それから悠馬とうまく話すことができなかった。

タクシーが自宅前に到着すると、凛はお礼だけ言って降りた。






作戦3:1杯のサシ飲みで仲を深めること。


それから2週間後。20時ごろ、凛が会社から帰る途中、六本木のミッドタウンあたりで、悠馬に偶然会った。

悠馬は、仕事が終わりちょうど帰宅するところだという。

あれからジムでも会えず、LINEのやりとりもしていなかった。久しぶりに会えた高揚感で、凛は少し大胆になる。

「ちょっとだけ飲みません?1杯だけ…」

凛は、断られるのを覚悟していたが、悠馬は二つ返事でオッケーした。

実は凛は、涼子から伝授された“作戦3”を実行するチャンスをうかがっていたのだ。

作戦3とは『サシ飲みで仲を深めること。しかし、相手に罪悪感を持たせないために1杯だけ。席はカウンター席で』というものだ。

さっそく、気軽に入れるバーでカウンター席に座り、どう会話を始めようかと凛がソワソワしていた時、悠馬が先に口を開いた。

「で、なんかあった?お酒強くないのに、この間も無理に飲んでたし」

なるほど、と凛は思った。今日悠馬が2人で飲んでくれたのは、きっと元彼にひどい振られ方をしたことを心配していたからだ。

だとしても、お酒が弱いことを彼が覚えてくれていて、凛は嬉しくなる。

「今日は、悠馬さんと飲みたかったんです」



そう言って、凛は悠馬の目を見つめてみる。涼子の“ここらで少し女を意識させなきゃ、ただの友人で終わる”というアドバイスを実践したのだ。

サークルの話や仕事の話などを軽く挟んだ後、徐々にプライベートな話に踏み込む。

「ゴルフにハマってたけど、最近なかなか時間がなくて…」
「彼女とは一緒には行かないんですか?」

これまでは、彼女の話を聞き出そうとすると、そこにアクリル板でもあるかのように、会話がツルツルと上滑りしてうまくかわされていたが、サシ飲みというシチュエーションのおかげか、素直に話してくれた。

悠馬は「エリはあんまりアクティブじゃないから…」と言って最後の一口のビールを飲み干した。

― エリっていうんだ。彼女…。

今まで現実味を帯びていなかった彼女の存在だが、名前を知り実在することを突きつけられた凛。

でも、ここで打ちのめされているわけにはいかない、さらにもう一歩踏み込んでみた。

「あの…前に言ってた、昔私を気に入ってたって、本当ですか?」

凛は急に真剣な顔をして、悠馬の方をじっと見る。沈黙する2人から、これまでと違う男女の雰囲気が漂った。だが、その時…。

ブブブブ…

悠馬のスマホが振動した。相手は…エリだ。

「ごめん、ちょっと電話出てくる」

そう断ると、悠馬はこの甘い空気を振り払うように、外へと出て行ってしまった。

近づいたと思っても、すぐに離れてしまう。

切なくなった凛は、ぬるくなったスパークリングワインを一気に喉へと流し込んだ。


▶前回:平日は即レスなのに、週末は連絡がない女。実は、男に内緒であることをしていて…

▶1話目はこちら:「何考えてるの!?」食事会にしれっと参加する既婚男。婚活を妨げ大迷惑なのに…

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悠馬の彼女に勝手に嫉妬した凛は、暴走してあることをしてしまう。