「何これ…」初めて彼氏の家を訪れた女が洗面台の下で見つけた、生々しい女の影とは?
婚活戦国時代の東京で、フリーの素敵な男性を捕まえるなんて、宝くじに当たるくらい難しいと言っても過言ではない。
待っているだけじゃ『イイ男』は現れない。
これだと思う人を見つけたら、緻密な戦略を立ててでも手に入れる価値がある。たとえその人に、彼女がいても…。
◆これまでのあらすじ
大手IT企業に勤める凛(30)は、大学時代に憧れだった先輩の悠馬(31)に再会するが、彼女持ちだった。悠馬を好きになり、凜がとうとう告白するも保留にされる。しばらくして、悠馬から「会おう」と連絡が来て…。
▶前回:何度もデートしていたのに女が告白した途端、態度が急変した男。そのワケとは…
「お疲れ…」
すっかりと肌寒さを感じるようになった金曜日の20時。
凛は悠馬と麻布十番の『Courage』で会っていた。
2ヶ月半ぶりに会った彼は、自分の気持ちに整理がついたのかすっきりした顔をしている。
「今日、告白の返事をもらえるはず」と思うと凛は落ち着かない。
テーブルに通され注文を済ますと、悠馬は言葉を探しながら「あのさ…」と切り出した。
「ずっと連絡しなくて悪かった、色々とあって。それで、結論から言うと…」
一気に凛の心拍数は上がり、手をぎゅっと握る。
悠馬は小さく息を吸うと、こう言った。
「エリとは結局別れた」
「え…」
何となく、彼女とは別れないだろうと予想していただけに、凛は驚いてしまった。
「それは、どうして…?」
悠馬が無表情なので、彼の本心が見えない。
こんな時どんな顔をするのが正解なのだろうと、ずっと望んでいたことなのに、卑怯にも急に罪悪感を覚えてしまう。
「どうしてって…。まあ色々。エリには寂しい思いもたくさんさせたし、俺が留学先で辛い時とか支えてくれたから、すごく感謝してた。
だから彼女が他の男と遊んでいたのはわかっていたけど、気がつかないふりをしていた。でも…」
どこまで言うべきか迷ったのか、悠馬は一瞬口ごもった。
「まあちょっと、許せないことがあって。これ以上お互いに続けるのは無理だろうって。だからちゃんと話し合って、別れた」
話しながら、悠馬は少し寂しそうな顔をした。そんな彼の顔を見ていると、複雑な気持ちになる。
「でさ、ここからは凛ちゃんとのことなんだけど…」
急に自分の名前が出て、無意識に背筋が伸びる。
「正直、どうするのが君にとっても俺にとっても良いのか、わからなかったんだ」
はっきりとしない答えに、凛は拍子抜けしてしまった。
「わからないって…?」
凛は彼の言わんとすることをきちんと受け止めようと、耳を傾けた。
「彼女と別れたから君に乗り換えってどうなのかとか、今は仕事が忙しいから同じことを繰り返してしまうんじゃないか、とか色々考えてしまって…」
そんな理由で断られるのかと落胆していると、悠馬が少し表情を崩した。
「でもさ、それって俺がどうこう言うことじゃないんだよな。で、俺の素直な気持ちを考えたんだ。それで…」
すると悠馬は、凛の目をじっと見た。そして急にくしゃっと笑顔を見せた。
「やっぱり俺、凛ちゃんのことが好きみたいだわ」
「えっ!?」
目尻を下げて笑う悠馬に、これまでの緊張感が一気に緩まり、凛は全身の力が抜けた。
「本当ですか…?話の流れからてっきり、断られるのかと…」
「ああっごめん。でもさっき言った通り、俺は忙しくてあまり恋愛に時間を割けないし、元カノと別れたばかりだし、凛ちゃんも色々気になるところはあると思う。
だからゆっくり始められたら嬉しい。君さえ良ければ」
前回「今すぐ付き合うとは言えない」と言われたとき、“もうだめなんだ”と大方諦めていた。だからこんな逆転劇が起こるとは、予想していなかった。
この2ヶ月間ずっと気を張っていた凛は、大きなため息と共に脱力すると、不意に涙がこぼれそうになる。
その涙をなんとか飲み込み、笑顔を見せた。
「もちろんです。これからお願いします」
「ありがとう」
お互いにぎこちなく挨拶をする。気がつけば目の前にはすでに、お店のロゴが焼き印された『かすみ鴨とトリュフのサンドイッチ』が置かれていた。
「食べようか」
悠馬と付き合って初めて食べた食事は、今までで一番美味しく感じた。
◆
「会うの久しぶりだね」
「はい。涼子さんは元気でした?」
それから数週間後。ランチに行こうとエレベーターに乗ると、たまたま涼子と会い、『スチームDim sum &Wine』で食べることにした。
「で、どうなったの?例の彼と」
涼子は『春菊と厚揚げのゆず風味の餃子』を美味しそうに頬張ると、思い出したように聞いた。
「実は最近、付き合うことになりました」
「えー、本当?おめでとう!」
涼子が目を見開いて、嬉しそうに笑った。凛も釣られて笑顔になる。
「でもやっと叶ったのに、たまにこれで良かったのかな、って。
もちろんこうなった以上、全力で相手のことを大切にするつもりですけど、いつかバチが当たるんじゃないかってどこかで思ってて」
「でも恋愛なんて気持ちがすべてだから。彼があなたを選んだのなら、それが答えなんじゃない?」
彼女はそう言うと、何かを思い出したように食べていた手を止めた。
そして少し落ち着いたトーンで、言った。
「これから、凛ちゃんに気をつけてほしいことがあるの。
それは、“罪悪感に押しつぶされないことと彼を信じること”。これが1番難しいと思う」
「1番…?」
「そう。私はこれができなかったの」
ため息をつくように涼子は言うと、目線を遠くに向けた。その様子が、いつもの自信に溢れた彼女ではなかった。
凛はこの時、涼子の夫が浮気をしているというウワサを思い出した。
― 涼子さんは、知っているのだろうか…?
気になったものの、やはり聞けなかった。
◆
「お邪魔します」
数週間後の日曜日の22時。食事デートの後、凛は初めて悠馬の家に遊びに行くことになった。
赤坂駅から徒歩5分程度の場所にある彼のマンションは、ホテルのような重厚な作りだが、部屋の中は彼らしく、木製のシンプルな家具で統一されていた。
「あがって。忙しくてあまり片付けられてないけど」
生活感はあるものの、散らかっているほどではなかった。
凛が部屋を見渡していると、悠馬がスマホを見ながら言った。
「あ、悪い、急ぎで資料送ってって。適当にしてて」
「はい。あ、洗面所借りても良いですか?」
悠馬に案内され、洗面所で手を洗おうとすると、ハンドソープが切れていた。
悠馬に聞こうとするも、パソコンを開いて真剣な顔でタイピングしているので、自分で探そうと洗面台の下の棚を探した。
すると奥の方に、日系航空会社のビジネスクラスで配られる黒いポーチが見えた。
何気なく中を見るとそこには、生理用品や使いかけの基礎化粧品、そしてソングが入っていた。
― エリさんのよね…。
最近まで使われていたような生々しさからエリの存在を感じ、慌てて扉を閉めた。
ソファで一人考えていると、悠馬が戻ってきた。
「どうかした?」
「あ、ううん」
反射的に何でもないフリをする。
これまで凛は悠馬に好かれようと、彼が好きな芸能人に雰囲気を近づけ、彼が好きそうな言動を無意識に心がけていた。
そのせいか、知らず知らずのうちに自分を装ってしまう。
― あることを忘れていたのか、捨てられない性格なのか、それとも…?
平静を装いながらもそんな考えがぐるぐると渦巻いていると、悠馬のスマホが震えた。
彼が何気なく手にとり覗き込むと、自然とロックが解除され、ポップアップの名前が浮かんだ。
― Eriだ…!
凛がそれに気がついたのも知らず、悠馬はそのまま画面を下に向けてスマホを置く。
内容までは見えなかったが、確かに名前にはEriと書いてあった。
― もしかして、まだ続いている…!?
不安になり悠馬の顔を見ると、これまでの楽しかったデートの記憶が一気によみがえる。
急に彼を失うのが怖くなる。でも、このまま無かったことにはできない。
凛は覚悟を決め、悠馬に向かって言った。
「今のってLINE?誰から?」
驚いたような顔をする彼の顔は、明らかに動揺していた。
▶前回:何度もデートしていたのに女が告白した途端、態度が急変した男。そのワケとは…
▶1話目はこちら:「何考えてるの!?」食事会にしれっと参加する既婚男。婚活を妨げ大迷惑なのに…
▶︎NEXT: 11月13日 日曜更新予定
どんどんと悠馬のことが信じられなくなった凛は…