「2人は、幸せに暮らしました。めでたし、めでたし」

…本当に、そうでしょうか?

今宵、その先を語りましょう。

これは「めでたし、めでたし」から始まる、ほろ苦いラブ・ストーリー。

▶前回:「冴えない男で妥協したのね」と友人の夫を貶す女。招待された結婚式である事実を知り、絶望するハメに



Episode7:日常にうんざりしている女


「亜美、良かったら俺と付き合ってくれないかな」

司から告白されたのは、桜が舞う仲見世通りを歩いていたときのことだった。浅草の下町育ちである彼は、地方から上京してきた私に東京を教えてくれた人だ。

「えっ…。私でいいの?」

「うん。亜美がいいんだ」

大学生活、最後の春。ずっと片思いしていた彼からの思わぬ告白に、私は舞い上がった。

そして卒業後、私たちはすぐに渋谷のマンションで同棲を始めたのだった。



あれから、4年。

「もしもし亜美、今から飲まない?」

木曜の22時。モデルをしている友人・雅から、電話が掛かってきた。

「有名人とか経営者が来るパーティー、興味あるでしょ?場所は六本木のタワマンだって。行こうよ!」

「わぁ、いいね!行こう行こう!」

私は電話を切ると洗面所に向かい、洗ったばかりの髪にオイルをたっぷりと塗る。

「…ねえ、今から出かけるの?」

するとドライヤーの音に気づいたのか、奥の寝室からスウェット姿の司が顔をのぞかせた。

「うん、ちょっと友達に誘われてさ。芸能関係の子も多いみたいで。なんか繋がりできるかもだし」

「…またか」と彼がため息をつくのがわかったけれど、私は聞こえないふりをして急いで支度を進める。

私は新卒で不動産会社のPR部門に入社し、ひょんなことからTV番組の不動産コーナーにレギュラー出演することになった。それをキッカケに、インフルエンサー兼モデルとして独立したのだ。

一方の司は新卒で入ったベンチャー企業で、激務に耐えながら仕事をこなしている。真面目で誠実。結婚相手としてはいいのかもしれない。…ただ、地味なのだ。

私はゲームをしている彼を横目に、マンションを飛び出してタクシーに乗り込む。

インフルエンサーになってからというもの、東京には一部の人間だけが知ることのできる煌びやかな世界があると知った。

でもこのときの私は華やかなパーティーに夢中になるばかりで、大事なことに気づいていなかったのだ。


「あ、亜美!こっちこっち!」

タクシーを降りると、白のタイトワンピに身を包んだ雅がぴょんぴょん跳ねていた。私は彼女と2人で、パーティー会場に足を踏み入れる。

するとそこには、想像以上に煌びやかな世界が広がっていた。

「わぁ、素敵だわ…」

中央の大きなテーブルには色とりどりのオードブルが並び、それを囲むようにして華やかな男女がグラスを交わしている。

そこには有名なアナウンサーや、どこかの雑誌で見たことのある経営者、恋愛リアリティショーの出演者の姿もあった。

「…ね?なんかコネ作れそうな雰囲気でしょ?」

雅がうわずった声で囁く。

私たちはシャンパンを手に取り、端っこの席に座る。すると真っ黒なスーツを着た男性がやってきて、妙に白い歯を見せながら「社長の近くへ」と中央の席へ案内された。

「あ!君、どっかで見たことある!あれでしょ、マンション案内のお姉さん」

席に着くと「社長」と呼ばれていた男性が私を指し、興奮した様子で言った。

「俺、亜美ちゃんが出てる番組好きなんだよね〜。今、いくつ?」

「26歳です」

「えー!まだまだこれからじゃーん!」

社長が声高らかに言うと、近くにいた男女も調子を合わせたかのように、はしゃぎだす。彼は周囲から社長と呼ばれていて、界隈では有名らしい。

…ネットで検索しても、名前は出てこなかったけれど。



「ねぇ、あの人。10年くらい前にめっちゃテレビ出てた人じゃない?」

1時間後。お酒が入って顔を赤くした雅が、部屋の奥を指さしながら私に耳打ちしてくる。

見るとそこにはAラインの花柄ワンピースをまとった女性が、パーティー会場からはじきだされたようにポツンと佇んでいた。

「…あ!君、どっかで見たことある!あれでしょ?初代お天気お姉さんのミサト!」

すると先ほどの社長が、興奮した様子でその女性を指さした。

「わー!そうです〜!覚えててくれて嬉しいです♡社長、お久しぶりです」

彼女は待ってましたと言わんばかりに、ワイングラスを片手に社長に近寄った。

「会ったことあったっけ?…でも君、最近見ないねぇ。今、いくつ!?」

社長は、先ほど私に聞いたのと同じ質問を投げかける。すると彼女は一瞬だけ言葉に詰まった後「ハタチです♡」と言った。

「嘘だろー!」

そう言って社長は、爆笑しながら“年齢当てゲーム”を始めた。

「34?35?…36歳か!こんなところ来てる場合じゃないじゃん。女の1年は、男の10年分!大事にしたほうがイイよ〜」

いつの間にかゲームからお説教に変わり、元お天気お姉さんだというその女性は、知らぬ間にパーティー会場から姿を消していた。



「ねぇ、雅。痛いと思わなかった?」

「…えっ?」

「例の元お天気お姉さんのこと。あの年齢でAラインの花柄ワンピ着てパーティー来るなんて、完全に売れ残りじゃん」

「まぁ、確かに…」

帰りのタクシーの車内。話題はもっぱら、先ほどの元お天気お姉さんについてだ。

「うちらはまだ26でよかったわ〜。あんなふうには絶対なりたくない」

「…うん。私も将来のこと、ちゃんと考えなきゃって思った」

雅はどこか寂しげな表情を浮かべてそう言った。そんな彼女を横目に、私はある決意をしたのだ。


「…ただいま。まだ起きてたんだ」

私が帰宅したのは、家を出てから5時間後の深夜3時のことだった。照明を落としたリビングのソファに、彼がポツンと座っている。

「うん、亜美を待ってた。ねえ来週の日曜日、亜美が前に行きたいって言ってた浅草の…」

「無理だよ〜。来週は予定があって。それに行きたがってたのって、大学生のときでしょ?やめてよ、そんな昔のこと」

「…わかった」

司から別れを告げられたのは、翌日のことだった。でも全然寂しくはなかったのだ。私はすでに、彼と別れる決意を固めていたから。

私は司と過ごしているよりも、華やかで煌びやかな世界にいた方が、もっとずっと楽しかった。



「もしもし雅、今から飲まない?」

木曜の22時。私はタクシーの中から、友人に電話を掛ける。

「えぇ、今から?…無理かな」

「えー!なんで?久々の六本木のタワマンだよ?めっちゃ無理して招待してもらったんだから!」

「いつも断っちゃってごめんね。何度も言うけど私、3年前に結婚して…」



「…そっか。わかった」

ため息をつきながら電話を切った後、Aラインの花柄ワンピースを身にまとった私は、タクシーを降りてパーティー会場へ入る。

私は黒スーツの男を見つけると「早く社長の隣に座らせてよ」と声を掛けた。しかし彼は妙に白い歯を見せながら「…こちらへどうぞ」と端の席へ案内してくる。

「なんなの!超ムカつくんだけど!」

仕方なく端の席で1人シャンパンを飲んでいると、中央の席から私を呼ぶ声がした。

「…あ!どっかで見たことある!もしかして、マンション案内の初代お姉さん?」

それは昔、私が初めて六本木のタワマンでのパーティーに参加したときに、話しかけてきた社長だった。相変わらずテーブルの中央で美女を両脇に座らせ、ふんぞり返っている。

「わー!覚えててくれて嬉しいです♡社長もお変わりないですね」

「…会ったことあったっけ?それにしてもすごいね、あの番組。もうかなりの長寿番組だもんなぁ!」

そう言って社長は、隣に座っている若い女に目をやる。

「お会いできてうれしいです!大先輩!」



白のタイトワンピをバッチリ着こなしているその女は、私を見て小さく会釈をした。彼女は私が出ていたテレビ番組の、7代目お姉さんらしい。

社長は7代目お姉さんと私を交互に見ながら、恐る恐るこう尋ねてくる。

「…今、いくつ!?」

私は一瞬だけ言葉に詰まった後「ハタチです♡」と言った。

「嘘だろー!」

そう言って社長は、爆笑しながら“年齢当てゲーム”を始めた。

「34?35?…36歳か!こんなところ来てる場合じゃないじゃん。女の1年は、男の10年分!大事にしたほうがイイよ〜」


▶前回:「冴えない男で妥協したのね」と友人の夫を貶す女。招待された結婚式である事実を知り、絶望するハメに

▶1話目はこちら:絶対に家へ招いてくれない彼。不審に思った女が、自宅に突撃した結果…

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