いつの時代も、靴が女性を素敵な場所へと誘う。

どんな靴を履くのか。そこに女性の今後の人生に対する、強い意思が宿る。

2017年の東京を歩きゆく女たち。

彼女たちは、人生のパートナーとして、どのブランドの靴を選ぶのか。

靴と東京と私。靴なしでは、女の人生は語れない。



【ジュゼッペ・ザノッティを履く女】

名前:凛花
年齢:29歳
職業:フラワーデザイナー
勤務地:白金(自宅サロン)
住まい:白金
好きな店:『リストランテ ラ プリムラ』『和味 大輔』『M BAR』


白金のお花教室に集う女たち


「凛花先生、今日も素敵なお花ですね。」

生まれ育った自由ヶ丘の実家を出て、白金で暮らし始めてから3年が経つ。

最初はフラワーアーティスト(様々な催し物会場やレストランを花で装飾する職業)として活動していたが、1年ほど前から時間のある日は自宅をサロンとして開放し、生徒さん達にブーケやリースの作り方を教えている。

「今日のお花は、2月の誕生花と言われているフリージアです。こちらをメインに、アレンジして行きましょう。」

本日の生徒さんは、近隣に住む20代から30代の女性5名だった。色香を振りまきながらも、どこか控えめな美しさが漂う黄色のフリージアを見ているだけで心が安らぐ。生徒さん達も、目を輝かせて綺麗に咲き誇るフリージアを見ていた。

約1名を除き...

「凛花先生、今日のお花はどちらから仕入れたんですか?」

常識のある人ならば聞いてこないような質問を平然と口にしてきたのは、最近教室に通い始めた加奈子だ。正直に言うと、私は加奈子のこの傍若無人なところが非常に苦手である。

「仕入れ、ですか...」

大阪出身だという加奈子は、濃い目のメイクに派手な巻き髪。身につけている装飾品はいつもブランド名が一目で分かるような物ばかりで、“慎ましい”という言葉が似合わぬ女性だった。

関西の地主の娘だそうで、優雅な暮らしぶりが伺えるが、仕事は“トータルライフプロデューサー”。実態がよく分からぬ。(初めてその職業を聞いた時は、「何その仕事!?」と思わず突っ込みたくなった。)

「やだぁ、加奈子さん。そんなこと聞くなんて品がないですよ。」

白金のプラチナ通りから少し奥まった所に住む、白金マダムと呼ぶのに相応しい気品が溢れる博子さんが助け舟を出してくれたが、加奈子は値踏みするような目つきで、終始可憐なフリージアを見つめていた。


値踏みする目つきの本当の意味...加奈子の野心が凛花を踏み潰す?!

なぜこんな酷いことができるの?


1週間後、テーブルに飾る花の装飾を担当しているレストランへ出向く。最近忙しくて新規営業をしていないため、昔からのお客様は非常に大切だった。

「今日は春を意識した、ピンクと白色のお花にしますね。」

そう言いながら準備しようとした途端に、店主が困惑した顔でこちらを見つめてきた。

「心苦しいのだけれど、実は...凛花さんより安価でやってくれる方がこの前お店に営業にいらして。来週からはその方にお願いしようかと思っているの。」

今まで真心込めて丁寧に仕事をしてきた。時に原価と単価が合わなくても、お客様の喜ぶ顔が見たくて、身を削ってでも良い物を届けてきた。

「何でですか?私、何かしましたか?」

「加奈子さんという方から、凛花さんのところは儲け主義だから止めたほうが良いと言われたのよ...」

淡いピンクの花びらが、床にはらりと舞い落ちた。



店を後にし、理解し難い状況を頭の中で整理する。人には親切にしろ、と幼い頃から教えられてきた。私が加奈子に何をしたのだろうか。なぜこんな酷いことができるのだろうか。

大人になると大きな声で泣き喚くこともできないが、悲しさと悔しさが入り混じり、プラチナ通りで思わず嗚咽の声が漏れてしまった。

「あら、凛花先生?どうなさったの?」

涙で滲んでよく見えない目をこすると、美しいピンヒールを履いた女性が目の前に立っていた。心配そうな顔をした博子さんだった。

「凛花先生...お茶でも如何?」

コクリとだけ頷き、目の前の『アーヴィング プレイス』に二人で入った。


東京出身者に決定的に欠けている物、上昇志向の強い上京組の強さとは?

背水の陣で攻めてくる、上京組の強さと野心


「まぁ...加奈子さんアクが強そうに見えたから、何かするとは思っていたけれど。」

そう言いながら博子さんは柔らかな笑みを浮かべていた。

「でもね、凛花先生。きっと加奈子さんは加奈子さんなりに生きるのに必死なんじゃないかしら。実は私も関西出身だから彼女の気持ちが痛いほど分かるのだけれど。」

博子さんが関西出身だとは意外だった。博子さんの気品と雰囲気から、勝手に白金で生まれ育ったと思っていたから。

「東京や関東出身の方は、結局帰れる家があるでしょ?でも上京してきた人達は、失敗したら住む家すらないの。だから、毎日が闘い。どんな背水の陣でも、孤独に押し潰されそうになりながらも、前に進むしか道がないのよ。」

私には、地方出身者の人の気持ちが分らない。けれど博子さんの言う通り、彼女たちは負けたら即、東京から退場だ。

「今回の加奈子さんの手法には全く賛同できないけれど。きっと都内に実家がある、守ってくれる場所がある凛花先生が羨ましかったんじゃないかしら?」

本当に困ったら、都内に “実家”という帰れる場所がある。一人で頑張っていると思っていた。しかし私は知らない間に、外気の冷たさや、嵐から見えないベールで守られていたのかもしれない。

「でも大丈夫よ。出身云々に関わらず、最後は“本物”だけが残るから。いざという時に自分の脚で真っ直ぐ立ち、美しく前を向いて歩き続けられる人が勝つのよ。」

博子さんの足元では、意志の強さと心の美しさが反映されたような、ジュゼッペ・ザノッティに施されたクリスタルが眩しく光っていた。


ヒールの高さは女の脆さの表れ


家に帰り、去年のイタリア旅行で買った、緑色の宝石が輝きを放つジュゼッペ・ザノッティの靴を取り出してみる。



ジュゼッペ・ザノッティは刺繍職人を雇い、彼らの芸術性を靴に取り入れた。本物の職人が織りなすこの繊細なビジューの装飾と輝きには、誇り高き職人の力と強さが宿っている。

最近、新規の営業なんてしていなかった。既存客だけで満足し、自ら開拓する気持ちをどこかに置き忘れていた。

久々に履いたピンヒールで立ち上がると、ぐらりと倒れそうになった。

女性はピンヒールのように脆い生き物だ。誰かに手を引いてもらいながら歩きたいし、ヒールの儚さを支えてくれる人が欲しい。でもそこから一人で、背筋を伸ばして颯爽と歩けた人こそが本物なのだ。

—本物は、負けない。

ヒールが細く、高くなるほど更に歩きにくくなるのに、私たちはそれを履くのを止められない。ヒールが高くなるほど更に美しく見えることを知っているから。

例え困難な道だと分かっていても、私たちは輝ける道を自分で選び、切り開いている。出身地なんて関係ない。自分の歩く道を、自分で切り開いていく人が勝つ。

窓から降り注ぐ柔らかな太陽の光に反射し、靴に施されたクリスタルは眩しいくらいに輝いていた。


▶Next:2月23日木曜日配信予定
何もかも欲しがるのは欲張りなの?東京で全てを手に入れたい女たち


【これまでの靴と東京と私】
Vol.1:ルブタンのレッドソールに宿るプライド。女の裏切りはいつの日も突然…
Vol.2:幸せな結婚生活のはずが…。見えぬ夫の愛を憂うマノロ妻
Vol.3:ジミー チュウで保つ女のプライド。32歳、結婚の代わりに手に入れたもの