東京の女には、ホテルの数だけ物語がある。

「ホテル」という優雅な別世界での、非日常的な体験。それは、時に甘く、時にほろ苦く、女の人生を彩っていく。

そんな上質な大人の空間に魅了され続けた、ひとりの女性がいた。

彼女の名は、皐月(さつき)。

これは、東京の名だたるホテルを舞台に、1人の女の人生をリアルに描いたストーリー。

埼玉出身のごく普通の女子大生だった皐月は、社会人になり東京生活を謳歌していた。27歳での結婚願望は見事に砕け散った彼女だが、30歳の誕生日には、思いがけずプロポーズを受ける。そして、結婚式の準備に四苦八苦するが...?



「結婚式が自己満足だなんて、そんなこと言い始めたら、何もできなくなっちゃうじゃない」

学生時代からの友人・優子は、私が結婚式の準備で少々ノイローゼ気味になっていると打ち明けると、呆れたように笑った。

「結婚式の粗さがしなんて、しようと思えばいくらでもできるのよ。だから、予算内で皐月の好きにすればいいじゃない。花嫁の自己満足なんて、みんなお互い様なんだから」

『オーク ドア』のハンバーガーにかぶりつきながら、優子は冷静に私を慰める。

ランチの後には、桂由美とHatsuko Endoのウェディングドレス選びに付き合ってもらう予定だ。

すでに一人で何度も試着に行ったし、一度は母に付き添ってもらったのだが、なかなかドレスを絞り込むことができずにいた。

膨大なデザインの中から自分ひとりで1着に決めるのは難しく、母はただの試着なのに、娘のドレス姿にいちいち目を潤ませ、とてもゲスト目線でドレスの見栄えを評価できる状態ではなかった。

そして、先日のちょっとしたケンカ以来、気まずい空気が流れている春斗には、ドレス選びを手伝ってもらうのは気が引けた。

私が声を荒げたとき、「じゃあ、もう何も言わないから、好きにしなよ」と渇いた声で言った彼に、自分からうまく歩み寄ることもできなかった。


恋人と気まずくなりながらも、結婚式準備は続く...

30代の花嫁、結婚式のプレッシャー


招待状の手配に、席次表の作成、夫婦のプロフィール動画撮影に、二次会の打ち合せ。

実際に結婚式の準備を始めるまで、これらの作業にそれほど神経を消耗するとは、考えてもいなかった。

「皐月は、人目を気にし過ぎなのよ。適当にやればいいのに。それに、『グランド ハイアット 東京』の結婚式なら、誰も文句なんて言わないわ」

優子は何度もそう言ってくれたが、27歳で結婚式をした彼女と30歳の私はちがう。この歳になれば誰もがそれなりに結婚式への参列経験があるから、目も舌も肥えているはずだ。

何よりも悩んだのは、二次会だった。

会費は、男女の傾斜をつけるべきか。二次会でそれほど高い金額を徴収したくないが、かといって、中途半端な場所で乾きものの食事を提供するのも気が引ける。

考えれば考えるほどに条件は狭まり、予算は膨らむばかりだ。

春斗とこれ以上険悪になるのだけは避けたかったし、ムキになった私は彼の連絡にも素っ気なく応対していたから、一人で頭を悩ませていた。

しかし、そんな中でも、やはりドレス選びだけは楽しかった。



ドレスの面白さは、実際に試着しないと、本当に似合うものがなかなか分からないことだ。

「こんなの、私に似合うの?」と思った奇抜なドレスが驚くほど身体にぴたりとフィットしたり、逆にパンフレットで一目惚れした王道デザインのドレスが、やたら野暮ったく見えることもある。

体型や顔立ち、肌の色味によって、デザインや素材、微妙な色味の違いなど、似合うものはそれぞれ異なるようだ。

その高揚感・興奮は、小さい頃にリカちゃん人形の着せ替えに夢中になったのとまさに同じだと思う。女は誰でも、幼心の憧れを覚えているのだ。

優子のアドバイスもあり、最終的には、豪華なレース素材のAラインのウェディングドレスと、オーガンジーのラベンダー色のカラードレスに決めた。



そして、結婚式において最重要事項であるドレスが決まると、私の切羽つまった精神状態も、少しずつ落ち着きはじめた。

―春斗には、私から謝らなきゃ...。

そう決意して2週間ぶりに彼の麻布十番のマンションを訪れると、彼は少しよそよそしい態度で、しかしホッとした表情を浮かべて私を迎えてくれた。

「私、色々考え過ぎちゃって、面倒な感じになっちゃってごめんなさい。ドレスは好きなのを選んだから、あとはもう、ほどほどにしようと思う...」

「......僕も、嫌味なこと言ってごめん。でも、これ...。皐月がこだわってたから、ロンドン出張に行った女友達に頼んでおいたんだ」

彼が恥ずかしそうに差し出した紙袋が目に入った瞬間、私のこれまでのストレスは、一気にどこかへ吹き飛んだ。


皐月の結婚式への執着を消し去った、春斗の魔法とは...?

マノロブラニクの魔法。サムシング・ブルーで、花嫁は幸せになれる


春斗が私にくれたのは、マノロブラニクのロイヤルブルーのハンギシだった。

映画「Sex and the City」の中で、Mr.ビッグがキャリーにプロポーズをしたときの、あの靴だ。

ウェディングの定番とされるロイヤルブルーの深く透き通るような美しさと、豪華なスワロジュエルに、私は一目で心を奪われた。

「皐月は、靴が好きだから......。それに、花嫁が何か青いものを身につけると、幸せになれるんでしょ?」

少々投げやりに顔を背けて言った春斗に、これまで感じたことのない、溢れんばかりの愛しさが込み上げた。

不思議なことに、女にとって素敵な靴というのは、深い深い意味を持つ。

春斗には内緒だが、私にとってこの瞬間は、ダイヤの指輪を贈られたときよりも、断トツに1番ロマンチックだった。

―そういえば、キャリーもこの靴を履いた瞬間に、結婚式の執着がなくなって、Mr.ビッグへの愛を再確認してたわ...。

マノロブラニクの美しいフォルムをうっとりと眺めながら、私はそんなことを思い出していた。



その後は二人の気まずさも解消され、予算もほどほどに抑え、私たちは無事結婚式を迎えることができた。

式が始まる直前までは、何だかんだとゲストからの評価を気にしてばかりいたが、いったんウェディングドレスに身を包んでしまうと、そんなものは、もうどうでも良くなっていた。

「花嫁の自己満足なんて、お互いさま」

優子の言葉が、やっと理解できた。

ウェディングドレスを着た女は、少なくともその日だけは、きっと無敵なのだ。加えて私は、マノロブラニクという最強の花嫁アイテムまで手にしている。

『グランド ハイアット 東京』のシンボルの一つでもある、杉の木の温もりに包まれた“グランド チャペル”での挙式はとても幻想的で、思い出深いものとなった。

窓から明るい自然光の入る会場“コリアンダー”で行った披露宴の間も、私はただただ、じんわりと胸に広がる幸せを嚙みしめていた。



春斗という恵まれたパートナーと共に、これから始まる第2の人生。

妻として、30代の成熟した女として、きっとこれまでとはまた違う都会の景色を見ることができるに違いない。

後から思い返しても、あれほど笑顔を絶えない1日は、人生の中でも結婚式のあの日だけだったと思う。目の前には、ひたすら輝かしい、明るい未来が無限に広がっている気がした。

その後に待ち受ける東京生活の“本当の現実”なんて、そのときの私は、1ミリも考えていなかった。


▶NEXT:6月17日 土曜更新予定
傍から見れば、幸せな妻となった皐月。恵まれた結婚生活に感じる違和感とは...?

<撮影協力>
グランド ハイアット 東京
公式HP:https://tokyo.grand.hyatt.com/ja/hotel/home.html