TOKYO MX(地上波9ch)のアート番組「わたしの芸術劇場」(毎週土曜日 11:30〜)。この番組では、多摩美術大学卒業で芸術家としても活躍する俳優・片桐仁が、美術館を“アートを体験できる劇場”と捉え、独自の視点から作品の楽しみ方を紹介します。8月7日(土)の放送では「江戸東京博物館」で“芸術のルーツ”に迫りました。

◆縄文時代に点在する芸術の始まり

今回の舞台は、東京都・墨田区にある江戸東京博物館。片桐はそこで6〜7月に開催されていた、今年で27回目となる人気の企画展「発掘された日本列島2021」へ。

その主役はさまざまな時代に作られた土器や石器、銅器で、なかでも今回は縄文時代から古墳時代の出土品に注目。そこに施された装飾に迫ることで、私たちの祖先がいつ、どんな芸術に目覚めたのかを探ります。

造形作家として縄文文化をこよなく愛する片桐は、常々その魅力が世間に伝わっていないと思っていたようで、いつにも増して熱が入ります。

文化庁 文化財調査官の芝康次郎さんによる案内のもと、まずは縄文時代、今からおよそ1万年前の世界を覗きます。そこにあったのは貝塚で、当時の人々が捨てた生活廃棄物が数多くあり、それは縄文人の生活を復元するための絶好の遺跡だそう。

また、貝塚からは鹿や猪の骨、カニの爪や魚の骨、さらには木の実なども出土しており、当時、多角的に狩猟し、食生活が充実していたことが伺えます。その様子に片桐は「芸術はそういう豊かな生活から来ているんじゃないか」と思いを巡らせます。

そして、いよいよ縄文土器。「縄文時代前期の土器」(約6,000年前・千葉県市原市で出土)には、縄に転がして付けられた模様“縄文”があります。

片桐は「太いところや細いところがあったり、いろいろな種類の縄が使われているんですね」と興味津々。この縄文を食い入るように眺め、「芸術の始まりですね」と目を輝かせます。

一方で同時代に口の部分が波打ち、形も大きく異なる土器も存在し、この流れは後の火焔土器などに繋がっていると芝さん。

こうした違いに片桐は「(口の部分に)波が4つあることで、何かに使っていたんじゃないか。例えば料理とか」、「同じものを食べるにしても、縄文ではなく火焔土器で食べることに意味があったりするのかも……」、さらには「嫁入り道具じゃないけど、そういうときにこれを持っていったとか」などいろいろと妄想を膨らませます。

続いては、片桐が「変な形の土器ですね」と思わず呟いた「縄文時代中期の土器」(約4,000〜5,000年前・埼玉県北本市で出土)。

「立体的になっていますよね。それに、動物や鳥とか、どうしても何かに見立てたくなってしまう。しかも、よく見ると左右対象じゃないんですよね。蛇のようなとぐろを巻いて、取っ手のような形になっていたり、絶対に意味がありますよね……」と分析する片桐。この時代になると装飾性に加え、物語性が生まれたと言われており、実用性にとどまらない芸術の兆しが伺えます。

◆土偶にも刻まれた、当時大流行したアクセサリー

次に片桐が鑑賞したのは「定角式磨製石斧(約4,000〜5,000年前・埼玉県北本市で出土)。緑色をした小さな石で、よく見ると斧の形をしており、これは当時の人が大事に持っていた、いわばお守りのようなものだとか。

その理由は緑色の石であること。それは日本海側で取れる「蛇紋岩」という石で、しかも刃がしっかりと研がれ、傷1つありません。つまり使っていないということで、そこからお守りのようなものだったのではと推察。

さらに、片桐が「この装飾品は……相当精巧ですね」と注視していたのは、「土製耳飾」(約3,000年前・千葉県我孫子で出土)と呼ばれる耳飾り。

遺跡からはこうしたものがたくさん見つかっており、当時大流行していたよう。その使い方は「土製耳飾」の背後にある「ミミズク土偶」(約3,500年前・千葉県我孫子市で出土)を見ると一目瞭然。目の横に大きな耳飾りがあり、耳たぶに穴を開け、そこに埋め込んでいたことがわかります。

ここで片桐にはある疑問が。それは「土偶とは何のために作られたのか」。当初は女神の像などと言われていたそうですが、今はそれだけではないと考えられ、本来の意味はわからないものの、生命の象徴との説が一般的だそうです。

片桐は「ミミズク土偶」を見ながら「これはいい出来だな〜」と感心し、さらには「目に見える存在ではない精霊というか八百万の神じゃないけど、目と口はあるけれど、人間には寄せてないんですよね。でも、どこか人の形を踏襲しないと神様的に見えなかったりするのかもしれない」とさまざまな角度から考察します。

◆弥生、古墳時代になると装飾品もより豪華に!

縄文に続いては弥生時代。この時代になると稲作が始まり、人々の生活が大きく変化しました。それは土器も同じで「弥生時代の土器」(約1,800年前・広島県福山市で出土)を見た片桐は「急に工業製品としての美しさみたいなものがある」と感想を述べます。さらには「シンメトリックで美しい」、「(色を)塗っているんですね、(縄文時代と)全然違いますね」とも。

実際、縄文時代の土器はほぼほぼ黒っぽい色合いでしたが、弥生時代になると赤や白のものが多数。その理由は使用する土や焼きの温度の違いで、より高温で焼くことが可能になり、強度が増すとともに薄くなったそう。こうした変化の背景には、当時数多く流入してきた渡来人の影響が大きく、片桐も「合理的な人が来たんじゃないかなって思う。新しい美しさの価値が来た」と言います。

さらに、この頃になるともうひとつ大きな芸術の兆しが。「壺の口縁部」(約1,800年前・広島県福山市で出土)にはうっすらと船が描かれています。

また、「鹿が描かれた壺の口縁」(約2,200年前・大分県玖珠町で出土)には、誰が見てもわかるほど鹿が精巧に描かれています。

鹿の角は生え変わることから生命の再生を意味し、総じて生命力の象徴、穀物の豊穣や狩猟成功への祈りが込められていると言われているそう。こうして弥生時代には大きな変化が見て取れますが、古墳時代に入るとさらに複雑なアート作品が生まれます。

それが「金銅製 双龍環頭大刀柄頭」(6〜7世紀・広島県福山市で出土)で、これは刀の柄頭の部分につけるもので、副葬品として納められていたそう。「かなり中国っぽいですね」と片桐が語るように大陸の影響が大。また、金を使っているように見えますが、素材は銅。そこに水銀を「鍍金」という技法で、金メッキ加工のような仕上がりに。金属自体は弥生時代に普及し、金銅製が登場したのはこの時代からだそうです。

最後は玉類一連のコーナーへ。そこで片桐が見たのは「ガラス玉を含む玉類」(5世紀頃・広島県福山市で出土)。石でできた勾玉が中央にあり、その両脇にはガラス玉が。これは分析の結果ヨーロッパ・東ローマ帝国のものだそうで、これには片桐も「ヨーロッパのガラスが古墳時代に日本に!?」とビックリ。日本で作ることはできなかったものの、古墳時代になるとこうした赤や青の煌びやかな装飾品が存在していました。

縄文から弥生、そして古墳まで、それぞれの時代に垣間見える芸術のルーツを体感した片桐は「我々の祖先が作った土器に施した縄、きっとその跡が美しいと思ったんでしょうね。そこから美のルーツが繋がっていく、いいですよね〜」と興奮気味に感想を語ります。

そして、「何だかわからない、でもそのわからないというのがアートの根幹だと思うんです。例えば100年前も目に見えない何かを掴もうとして絵を描いたりしていた。土偶も目に見えない何かを表現しようとしているのを感じるので、ぜひみなさんにも体感してもらいたい」と訴えます。さらに、「芸術のルーツを刻んだ、偉大なる先人たち、素晴らしい!」と万感の思いを込め、数千年の時を超えて輝く、かつてのアーティストたちに盛大な拍手を贈っていました。

◆片桐仁が弥生時代の人々に感じたシンパシー

ストーリーに入らなかった作品から片桐がどうしても紹介したい作品をチョイスする「片桐仁のもう1枚」。今回、片桐が選んだのは「人形容器の顔」(約2,000年前)。

これは弥生時代の容器で、その側面には顔面が彫ってあります。「最初は土面かと思ったけど、実は容器の一部で、歯まで作っているのがたまらない」と言います。さらには、「どういうつもりでも作ったんだっていうのが面白い。僕もよく陶芸でこうしたものを作るので嬉しかった」と弥生時代の人々との共通点に喜ぶ片桐でした。

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<番組概要>番組名:わたしの芸術劇場放送日時:毎週土曜 11:30〜11:55<TOKYO MX1>、毎週日曜 8:00〜8:25<TOKYO MX2>「エムキャス」でも同時配信出演者:片桐仁番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/geijutsu_gekijou/