東京の魅力を再発見するTOKYO MX(地上波9ch)の情報生番組「週末ハッピーライフ!お江戸に恋して」(毎週土曜12:00〜)。過去に放送した「もっと進め!江戸小町」のコーナーから厳選し、“江戸時代の書”をテーマに行ったぶらり散歩をお届けします。

江戸時代、読み書きの必要性を説いた徳川幕府により、書道の文化が寺子屋などで庶民にまで広まりました。それにより生まれたのが、江戸文字と呼ばれた書体。現在、相撲の番付などで使われている相撲文字や、寄席文字、明治座や歌舞伎座などの劇場で使われている勘亭流なども江戸文字の1つです。

◆“勘亭流”が生まれたきっかけ

江戸文字の1つである“勘亭流”がどのようにして生まれたのかを探るべく、訪れたのは台東区西浅草にある清光寺。1665(寛文5)年創建のこのお寺の寺号も、勘亭流で記されています。

そして、境内には勘亭流の創始者である岡崎屋勘六の墓が。住職の岡本幸宗さんによると、九代目中村勘三郎が正月の演目で披露する「御贔屓年々曽我」の演題を書いてほしいと、岡崎屋勘六に依頼したのが勘亭流の始まりだそうです。

岡崎屋勘六が書いた「御贔屓年々曽我」の看板を掲げたところ、とても評判が良く中村座は大繁盛。「縁起の良い文字と評判になり、歌舞伎文字として使われるようになった」と岡本さん。

勘亭流の特徴は、「太く隙間なく」「角をなるべく丸く」「内側に必ずハネる」の3つ。太く隙間なく書くことで客席に“隙”ができないように、角を丸く書くことで興行成功の願いを込め、内側にハネるのはお客様がたくさん入るよう“内にハネ入れる”という願いが込められているそうです。

また、勘亭流は文字がかすれてはいけないとされているため、二度書きして形を整えても良いのだとか。

◆名立たる文人墨客の書が!

次に訪れたのは、九段下にある創業200年の書道具店「玉川堂」。ここには、かつて滝沢馬琴、夏目漱石、与謝野晶子など多くの文人墨客が訪れたそうで、そんな偉人たちが書き記した書が多く残されています。

山岡鉄舟の書には、へちまが描かれており、ペリー来航で揺れ動く日本を表現したのだそう。

ペリー来航直後に記したとされる木戸孝允の書には、弦の切れた三味線が描かれています。これは、ペリー来航以降、国が分断するのではという憂いを表現。

このように名立たる文人墨客たちは書道に絵を取り入れていました。それは江戸時代の書道文化が背景にあったと言います。齋藤さんは、「書画一体ということで、書だけでは寂しいので絵を描いて(にぎやかにした)。江戸時代の末期、明治時代には人々が集って腕試しをしようと書画の文化を楽しんだ」と解説。

当時は「書画会」と呼ばれる書画を書き合うイベントが催され、書画を書く様子をみんなで見たり、披露された書画を買ったり、書画が1つのパフォーマンスとなっていたのです。

※この番組の記事一覧を見る<番組概要>番組名:週末ハッピーライフ!お江戸に恋して放送日時:毎週土曜 12:00〜12:55 「エムキャス」でも同時配信レギュラー:朝比奈彩、松尾雄治、堀口茉純、田中雅美番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/edokoi/番組Twitter:@edokoi9ch