【団塊記者の取材回顧録・特別編】フランス映画界を代表する女優のジャンヌ・モローさんが7月31日、パリの自宅で死去したと同国メディアに報じられた。89歳だった。同日の朝、自宅を訪れた家政婦が、倒れているモローさんを発見したという。死因は分かっていない。

 1928年、パリ生まれ。父親はレストラン経営者で母親は英国人のダンサーだった。フランスの国立高等演劇学校で演技を学んで48年にツルゲーネフの「田舎の一日」で舞台デビュー。数多くの舞台に出演してパリ劇団のスターになり、「現金に手を出すな」(54年)などの映画にも出演するようになる。

 モローさんの女優としての地位を不動にしたのは、フランス映画のヌーベルバーグ(50年代に広がった同国映画界の“新しい波”)の若手監督との出会いだった。ルイ・マル監督の「死刑台のエレベーター」(57年)、「恋人たち」(58年)に主演。さらにはフランソワ・トリュフォー監督の「突然炎のごとく」(62年)に主演し、独特の低い声と女の情念を演じて一躍大スターになった。

「雨のしのび逢い」(60年)でカンヌ映画祭女優賞を受賞したほか、多くの映画賞を受賞。84歳の年に公開された「クロワッサンで朝食を」(2012年)に主演して、ベッドシーンをやってのけるなど年齢を感じさせない演技を見せた。

 1976年11月22日、本紙のインタビューに映画と恋愛について大いに語ったことがあった。当時48歳。

“恋多き女優”としても知られ、数々のロマンスで騒がれた。49年に俳優のジャン=ルイ・リシャールと結婚して男児をもうけたが65年に正式に離婚した。77年にウィリアム・フリードキン監督と再婚して79年に離婚した。また当時はファッション・デザイナーのピエール・カルダンや英国出身の映画監督トニー・リチャードソン、米俳優リー・マービンなどと浮名を流した。

「私はいつも愛を出し惜しみするなんてことはしないの。全部をつぎ込んでしまう。でも、決して後悔しない。いろんなことがあって駆けずり回っていく方が楽しいもの」

 個性派、演技派女優の代表格でもある。

「見せかけの容姿でやっている女優さんたちと違って、演技の質をきめ細かく追求できたと私なりに言えますね。きれいでない分だけ幸いしたんです」
「ヌーベルバーグの才能あふれる若い監督と何かを残せたことはとても誇りに思っているんです」「欲しいものは全部自分のものにしたわ。でも…愛だけはわからない…」。

 街を歩くと「そのままパリの風景の一つになる」といわれるなど一世を風靡した。