【オハイオ州クリーブランド1日(日本時間2日)発】日本が誇るキング・オブ・ストロングスタイルが、世界の頂点に王手をかけた。WWEのスマックダウン大会で“アーティスト”中邑真輔(37)が、ジョン・シナ(40)とのWWE世界王座挑戦者決定戦に勝利。真夏の祭典「サマースラム」(20日、ニューヨーク州ブルックリン)で“インドの怪人”こと王者ジンダー・マハル(31)に挑戦することになった。中邑の快挙には、古巣・新日本プロレスで激闘を繰り広げたかつてのライバルたちも熱いエールを送った。

 激闘だった。シナがファイブ・ナックル・シャッフルに入ろうとすれば、中邑はアームバーで迎撃する。逆に中邑が三角絞めを狙えば、シナは力任せに担ぎ上げてアティテュード・アジャストメント(AA)へ。キンシャサ・ニー・ストライク(ボマイェ)をスライディングで防御されてSTFに捕獲されると、中邑は上体を入れ替えて腕十字で逆襲だ。お互いに裏の裏を読み合うスリル満点の攻防が続いた。

 キンシャサ弾とAAを一度ずつ決め合った後にシナが勝負に出た。渾身のAAを爆発させると、フォールには入らずローリングして追撃の一発を狙う。しかしわずかなスキを中邑は見逃さなかった。肩の上から背後に回ると、リバースパワースラムからありったけの力を込めたキンシャサ弾で3カウントを奪取した。

 シナは潔く中邑の勝利を認めて、アーティストの腕を上げる。その後、大歓声に応えている最中に背後から「ミスター・マネー・イン・ザ・バンク」のバロン・コービン(32)に襲撃されるハプニングもあったが、シナがこれを排除。改めて両雄はガッチリと握手を交わした。

「俺はシナを超えた。次のドリームマッチはサマースラム。WWEチャンピオンシップ、ジンダー・マハル対中邑真輔だ。イヤァオ!」と絶叫した中邑。新日本プロレスからWWEに移籍して1年4か月。日本マット界のカリスマだったキング・オブ・ストロングスタイルは、いよいよ世界の高みへと飛翔する。

 中邑の大殊勲に新日本プロレスのIWGPヘビー級王者オカダ・カズチカ(29)は「中邑さんなら当たり前のことじゃないですかね。まだ王者になったわけでもないですし、ジョン・シナってそんなにすごいか?って思いますし。何も不思議なことは起きてない」と冷静に分析した。

 とはいえCHAOSの先輩の活躍が刺激にならないわけがない。オカダは「もちろんうれしいですし、元新日本の選手が活躍してくれればくれるほど、新日本のすごさが伝わるので、どんどん活躍してもらいたいです。日本人初のことをやってもらいたい」と目を細めた。

 昨年はWWEの「クルーザー級トーナメント(CWC)」にエントリーして「サマースラム」も会場で観戦した飯伏幸太(35)は、尊敬する中邑の大舞台での王座挑戦に「中邑さんだったら可能性はあるんじゃないかと思っていたけど、こんなに早く実現させるとは。今は日本とアメリカ、別々だけどいつかまた交わるときがきたら…」と感無量の表情を見せた。

 また飯伏は現在参戦中の「G1クライマックス」1日鹿児島大会で棚橋弘至(40)を撃破した新技を「カミゴエ」改め「カミゴェ」とすることを発表。中邑の必殺技・ボマイェ(現在のキンシャサ)をほうふつとさせる語感に飯伏は「僕もボマイェ何発かくらってますから」とニヤリ。実は昨年1月、渡米前の中邑と会食した際にはボマイェの使用を“皆伝”されていた。中邑のためにもこの技で快進撃を続ける決意だ。

【日本人の戴冠は例なし】

 WWEのヘビー級シングル王座で日本人が戴冠した例はない。前身のWWF(WWWF)でもアントニオ猪木(74=参議院議員)が、1979年にボブ・バックランドから王座を奪ったのみにとどまっている。