中日・岩瀬仁紀投手(42)が新たな金字塔を打ち建てた。4日の巨人戦(東京ドーム)5—5の9回、二死一、二塁の大ピンチで守護神・田島に代わって“緊急登板”。米田哲也氏に並ぶプロ野球最多記録の通算949試合登板を達成した。試合は延長10回、中日が1点勝ち越し。岩瀬に代わってマウンドに上がった祖父江が巨人打線を反撃を抑え6—5で勝利。岩瀬の快挙に花を添えた。

 1999年4月2日の広島との開幕戦(ナゴヤドーム)で中継ぎでプロ初登板。そこから15年連続50試合登板、10年連続10セーブ、9年連続30セーブ、佐々木主浩氏(元横浜、シアトル・マリナーズ)の日米通算セーブ数を上回る日本人最多の382セーブ達成など、前人未到の記録を次々に達成した。

「大きなケガをしなかったのが一番の要因」と大記録達成を振り帰った鉄人左腕。しかし、2014年からは厳しいシーズンが続いた。その年の8月に左ヒジの張りで一軍登録を抹消。連続50試合登板が15年で、連続30セーブが9年で途切れると、15年はプロ入り初の一軍登板なし。選手生命の危機に見舞われた。そこから見事に復活して19年目で最多登板の大記録達成。「このまま終わるのか辞めるのか、もう一度やれるのかという選択だったんですけど。やらせてもらって、結果よかった」と岩瀬。苦しんでつかんだ新たな栄誉だった。次の1000試合登板も射程圏にとらえている。

 岩瀬のコメント「自分ではピンとこないんですけど、よくここまで投げられたと思います。去年、おととしとずっと投げることができなかたので、ずっと投げていたころを考えると喜びもひとしおです」