中日・岩瀬仁紀投手(42)が6日の巨人戦(東京ドーム)で通算登板試合数を950とし、阪急(現オリックス)などで活躍した米田哲也氏と並んでいたプロ野球記録949を上回って歴代単独最多となった。5―4の9回を無得点に抑えて今季2セーブ目を挙げ、自身が持つ最多セーブ記録も404に伸ばした。「自分がやったなんて信じられない。よくここまで来たな」と振り返った岩瀬。大記録達成の裏には同僚だった川上憲伸氏(現評論家)とのライバル物語があった。

 大記録達成に岩瀬は「自分がやってることとは思えない。本当に自分がやったのか信じられない。よくここまで来たなと思う」と振り返った。ここまでこれたことに「僕の場合は周りのサポート。いろんな人に支えられたと思う」と話した。そんな支えとなった人物の一人が川上憲伸氏だ。

 自身のライバルについて岩瀬は「そりゃあ憲伸です」と即答する。「負けたくないというか、まあ、どういう感じなんだろう…。成績が違うわけだし、先発と後ろで全然違うんだけど、憲伸が頑張るなら俺も頑張ろうと思ってやっていたし、いつも一緒にいるからこそ逆にそういった思いで、競い合ってたわけじゃないけど、負けたくないって」と常に意識していた相手だったという。

 2人が出会ったのは岩瀬がプロ1年目の1999年で、川上は前年に新人王に輝き、2年目のシーズンだった。年齢は岩瀬が1つ上。口下手な岩瀬とマシンガンのようによどみなく話す川上。タイプが全く違う2人だったが妙に気が合った。

 そんな2人には因縁の試合がある。それは岩瀬本人が一番思い出深いと挙げた99年4月2日のプロデビューとなった広島との開幕戦(ナゴヤドーム)。リリーフで登板した岩瀬だったが前田、江藤、金本に連打を浴びて一死も取れずに降板となった。「最初、ああいう形で始まったんで。プロ野球の難しさ。1つのアウトを取る厳しさ。身をもって知った。原点ですね」

 知ったのはプロの厳しさだけではない。実はこのときの開幕投手が川上で、岩瀬がその勝ち星を消してしまったのだ。それからはジョーク半分、本気半分で「憲伸に『人生狂わされた』と言われ(笑い)」とちょいちょい嫌みをかまされている。もっとも、そのことで「それだけ重い物を背負ってるんだなってことも知りましたし」とリリーフの仕事の大変さも痛感した。

 先発と抑え。立場は違えど、そのポジションでトップを走りチームを支えた。よきライバルで友人の存在が鉄人左腕を作り上げた。