札幌に出張していた先々週、久々に芝崎助手と会いました。本当に久しぶりだったな。何年ぶりだろう? いや、十数年ぶりかもしれない。お互い年を取ったはずですし、行動パターンも変わっていると思いますが、見た目と口調はあんまり変わっていなかったですね。

「絶対に小倉にいると思った。なんで札幌にいるのよ?」

「つーか、自分こそ札幌にいる理由ないでしょ。なんでいるのよ?」

「キーンランドに使うのよ、ウチの馬。知らない? 葵Sを勝ってるんだけど」

「俺、そのころは札幌にいないし…」

 そんな不毛な会話を繰り返したわけです。〝出張あるある〟ですね(苦笑)。もっとも、彼と最後に会ったのは小倉ではなく、栗東トレセン。美浦から来ていたんですよね。2008年、菊花賞へ挑戦するスマイルジャックに帯同する形で。当時、彼は小桧山厩舎にいましたから。

 顔見知りの記者が僕しかいなかった(はず)なので、何度か食事にも行ったりして。まあ、それなりの間柄ではありました。コロナ禍の現在ではちょっと無理…。いい時代だったんだな、と改めて思いますね。

 スマイルジャックがデビューしたころ、彼から「ウチの厩舎にいるのが不思議なくらいのスゴい馬がいるよ」と連絡が。

 いやいや、そんなスゴい馬がいるわけないだろ? 適当な返答をしていたら、実は本当にスゴくてクラシックに乗ってきちゃった。そんなこともありました。皐月賞のときだったかな?「マークする関西馬はどれ?」と電話がかかってきたので「キャプテントゥーレ」と返答。これが本当にドンピシャで勝っちゃった(笑い)。

 迎えたダービーウイーク。美浦トレセンで関東記者に囲まれた彼が「自分は関西にすごい情報網を持っている」と言っていたらしく、その情報網は何なんだ?という話になっていたらしいです。そう、その情報網──実は僕のことです。そのダービーでは2着に負けて彼は大泣きしていましたけど、その走りには満足していて「ホントに頑張ってくれたよぉ」と。もらい泣きしてしまいそうになったことを覚えてます。あの日、僕も現場にいましたから。

路線変更で1年4か月ぶりの勝利

09年関屋記念を制したスマイルジャック(右)

 09年の関屋記念はクラシック戦線を走り抜き、マイル路線へとかじを切ったスマイルジャックが、前年のスプリングS以来となる約1年4か月ぶりの勝利をマークしたレースです。改めて当時の映像を振り返ってみると、すでに芝の内側が荒れていたのか、どの馬も進路を外へと取っていますね。

 後方待機策だったスマイルジャックも馬場の真ん中から馬群を抜けてきた。その外からヒカルオオゾラ。池江寿厩舎のマンハッタンカフェ産駒で、現在ではサトノノブレスの兄という表現のほうが認知度は高いでしょうが、とにかく見栄えの素晴らしい馬で。近年は当たり前になってしまった上がり32秒台も当時はそこまで出現度が高くなく、この関屋記念でも1着スマイルジャック、2着ヒカルオオゾラの2頭のみが上がり32秒台でした。

 見応えのある攻防。どちらもGⅠ馬にはなれなかったけど、どちらもGⅠ級と思える末脚を見せたレースだったと思います。ちなみに差のない4着には皐月賞馬のキャプテントゥーレ。当時のライバルも出走していたんですね。これは完全に忘れていました(苦笑)。

 久しぶりの勝利に祝福メール(当時はLINEなんてものはなかったので)を送ったかどうかまでは覚えてませんけど、同時開催だった小倉の地で熱烈応援していたことだけは間違いない。何せ、僕にとっては数少ない〝思い入れの強い関東馬〟だったのですから。

著者:松浪 大樹