マチカネフクキタル(右)が差し切った

【記者が振り返るベストレース】現代の神戸新聞杯は超大物が集う豪華レースだが、菊花賞へのステップが(関西圏で)2つあった時代は、直前の京都新聞杯が優位で、秋初戦のこのレースは“試走の試走”的な軽いポジションだった。

 当然ここを勝ち切る馬は、仕上がり度、中距離適性に優れており、秋3戦目の15ハロンGⅠ菊花賞では沈没するケースがほとんどだったが、例外は97年のマチカネフクキタル。両新聞杯を完勝、頂上戦の菊花賞も上がり33秒9の豪脚を繰り出して差し切った。

 怒とうのV3の“第1ラウンド”の神戸新聞杯、ライバルはサイレンススズカとシルクジャスティス。おなじみのスターホースで、勝ちやすいメンバー構成ではなかった。加えて、春シーズンは折り合わず暴走する癖を抱えていただけに、<3・2・1・2>の非凡な戦績にも陣営は慎重だった。

 テン乗りの南井(現調教師)もかからないようソロリとスタートを切り、後方待機。しかし、この日は折り合い対策に着けたメンコの効果が出過ぎて?逆に反応がイマイチで4角最後方。この時点で軽快に逃げたサイレンススズカの楽勝ムードだったが…偶然にも脚をためる理想の戦法を手に入れた栗毛の巨漢馬は、阪神の短い直線を信じられない勢いで伸び、全馬をかわし切った。

 4歳以降は裂蹄で未勝利に終わった同馬だが、この一戦から菊花賞までの“フクキタル・ワールド”は今でも秋の語り草になっている。(2006年9月20日付東京スポーツ掲載)

著者:東スポ競馬編集部