記念すべき第1回ジャパンCは米国馬メアジードーツが快勝。鞍上のアスムッセンはド派手なガッツポーズを決めた

【記者が振り返る懐かしのベストレース】日本競馬の「鎖国の夜明け」として始まったのがこのジャパンカップ。あえて第1回に注目したのは、日本馬が勝つには向こう10年はかかると思うくらい、衝撃的な外国馬の強さを目の当たりにしたからである。

 当時の外国馬は米国とカナダからそれぞれ3頭に、インドとトルコの馬が1頭ずつ(トルコの馬は来日後に故障したため出走できず)。今のように欧州、オーストラリアの馬がいなかったのは、オフシーズンに加え、日本競馬の認知度の低さも要因としてあっただろう。

 迎え撃つ日本勢は直近の天皇賞で1〜3着を占めたホウヨウボーイ、モンテプリンス、ゴールドスペンサー。一応は古馬の一線級が揃ったと言えた。

 外国馬の花形は、過去にタケシバオーやメジロムサシが挑戦したワシントンDC国際(94年に廃止された米GⅠ)で2着のザベリワン。これに前述の日本馬3頭が2〜4番人気で続いた。

 そしてもう一点、レース前に注目を集めたのがアスムッセン騎乗のメアジードーツ。日本の硬い馬場を嫌い、レース直前に調教師とオーナーが出走取り消しをほのめかす事態になったが、取り消しだけは避けたいJRAが譲歩する形で、当日の朝、芝コースに水をまくことで決着したいきさつがある。

 レースはサクラシンゲキが5ハロン通過57秒8で飛ばし、2番手にいたフロストキングが早めに先頭を奪い、粘り込んでの2着。日本馬は皆ハイペースに巻き込まれて失速する中、大外を強襲したのがメアジードーツだった。勝ち時計2分25秒3は当時の日本レコードを0秒5、コースレコードを1秒0も上回る好記録。タフな競馬をモノともしない外国馬の底知れない強さに言葉をなくしたものだ。

 日本競馬は以降、確実な進化を遂げてきたが、“鎖国明け”だった当時に感じた空恐ろしい記憶は、30年たった今でも色あせていない。(2012年11月21日付東京スポーツ掲載)

著者:東スポ競馬編集部