クロフネと武豊

【記者が振り返る懐かしのベストレース】JCダートは08年に左回りの東京から右回りの阪神へと舞台が移り、距離も2100メートルから1800メートルへと替わった。それによりスタミナからスピード重視のレースとなり、歴代に連なる優勝馬も随分イメージが変わってきた。その功罪はさておき、レベルは着実に年々アップ。10、11年と連覇したトランセンドはドバイワールドCでも2着に入り、JCダートの格向上に大いに貢献した。

 ただ、そんなトランセンドでさえ、01年の覇者クロフネの前では“平凡”に映ってしまう。ダート戦績はわずか2戦のクロフネだが、その衝撃度は想像を絶するものだった。まず、ダート初戦のGⅢ武蔵野Sでいきなり1分33秒3で9馬身差圧勝。当時のレコードを1秒2上回る圧巻ぶり。1週前の芝8ハロンGⅢ富士SにこそVタイムで0秒1及ばなかったが、上がりではなんと0秒3上回っているのだ。

 それだけでも十分衝撃的だが、輪をかけてすごかったのが01年のJCダート(当時は東京ダ2100メートル)だ。Vタイムは2分05秒9、これも当時のレコードを1秒3上回った。そして真骨頂が、道中の最もかかった500メートルをカットして8ハロン換算すれば1分35秒6となり、これは01年のGIフェブラリーS(勝ち馬ノボトゥルー=01年JCダート4着)と並び、また別角度から、走破タイムを単純に21で割って100メートル換算すれば約5・999秒となり、これも01年フェブラリーSの5・975秒にほぼ並ぶということだ。

 つまり、マイルのスピードで2100メートルを駆け抜けた証明であり、フェブラリーSをともに1分35秒6で制した2着ウイングアロー、4着ノボトゥルーが大きくちぎられたのも至極、当然の結果なのだ。まさしく“ディープインパクト”。東京競馬場の馬場改修により、マイル&2100メートルのレコード欄に「クロフネ」の名は残念ながら消えてしまったが、そのままの舞台が続けば、絶対破られない記録として50年は続いたのではないか。ある意味ではディープインパクト以上の存在と言いたいぐらいである。(2012年11月28日付東京スポーツ掲載)

著者:東スポ競馬編集部