種付け前のオグリキャップ

 オグリキャップの初年度産駒全58頭を特集した写真集『オグリキャップの子供たち』(1992年7月刊行)。その1ページにノーザンキャップとの出会いがあった。息子と同じ誕生日(3月21日)!! しかも芦毛の男の子だ! 名牝トサモアーを継承する鮫川牧場の生産馬で、母グレースウーマンの父はマルゼンスキー。その血統背景にも心ひかれ、この馬を応援しよう!と心に決めた。

ノーザンキャップとの初対面

 1995年1月10日。栗東トレセン浜田光正厩舎を訪問する機会を得て、デビュー戦(1月5日、京都6R)を終えたばかりのノーザンキャップと初対面。当時、引退式を控えたビワハヤヒデの関係者で厩舎はにぎわっていたが、私は「こっちの芦毛か…」と苦笑いされながらもキャップの馬房を離れずにいた。

「初めまして…」と声をかけると、黒々と澄んだ目でまっすぐに私をみつめた。〝オグリと同じ目だ!〟。毛色だけではなく顔つきも気配も父オグリによく似ている。後日、競馬場で応援した時にも感じたが、キャップは若駒とは思えない程もの静かで落ち着いた馬だった。日々の調教をつけて下さったのは清水久(ひさし)現調教師。思い切ってごあいさつすると「オグリの仔だから周りは騒がしいけど、この馬は騒がない(笑)。のみこみも早いし、コミュニケーションも取れる。可能性はあると思いますよ!」とのこと。舞い上がって思わず「よろしくお願いします!」と頭を下げた。「馬好き?」と声をかけられ、はりきって「大好きです!!」と答えた娘は今、〝馬一色〟の人生を送っている。去りがたい別れ際、キャップに声をかけた。「いつか、お世話ができたらいいのにネ…」。また、きっと会える…その思いだけは伝えたかった。​​​​​​​

デビュー当時のノーザンキャップ

 同年9月16日、7戦目にして初勝利を挙げたキャップは1997年に2勝を挙げ(8月16日、9月21日、共に札幌)、その年の暮れに大井(赤間厩舎)に移籍した。中央での全成績は37戦3勝。激走の記録はたくさんの単勝馬券となり、宝物となって、今も私の手元にある。1998年に大井で7戦後、1999年に笠松に移籍して3戦。オグリキャップ記念(4月29日)がラストランとなった。

キャップを牧場に迎える

 1999年4月、オグリの傍らを去り、小さな里親牧場を始めていた私は、笠松の知人を介して「キャップが引退する時に連絡を下さい」との由を馬主さんに伝えていた。先のことは何もわからない状況だったが、キャップが行方不明になることが何よりも不安だったのだ。12月に入り、待ちわびた一報が入る。「とりあえず道営に入れたけど、もう走らせるつもりはないんよ。キャップのこと、かわいがったってな!」。馬主さんの了承を得て道営にかけつけた。あの日と同じように、静かに私を迎えるキャップ。数年の空白は瞬時に消えた。12月8日、キャップはついに、牧場の仲間となり、私たちの家族となった。

 北へ移住後、家族でお世話していたミニホースの家族がいる。ある春の日、おい茂った緑に埋もれてスヤスヤ眠る仔馬をながめながら、私は広大な大地そのものが、大きな大きなゆりかごに見えた。全ての生命を受け入れ、育む〝大地のゆりかご〟。牧場名に、その時の思いを託し、クレイドル(ゆりかご)と名付けた私は、様々な馬たちを迎え、彼らの里親として暮らしながら、いずれは牧場の日々を軸とした活動がしたいと願っていた。

 オグリの子供という存在は、そんな活動に夢を与えてくれる。だから、キャップには、子供たちやたくさんの人の輪の中で活躍してほしいとおぼろ気に願っていたのだ。だが、馬房の中を上手くまわれない程疲れきった姿を前に、束の間の喜びは消え、キャップにかける言葉さえみつけられなかった。

種牡馬オグリの武者震い

種付け前に武者震いするオグリ

 年の瀬が迫ったある日、私はふとオグリキャップの〝とある姿〟を思い出す。レースに向かうゲートの前で「さあガンバルゾ!」と気合いの〝武者震い〟を繰り返していたオグリ。驚いたことに、種牡馬になったオグリもまた、その〝武者震い〟で自らを鼓舞して種付けに挑んでいたのだった。 闘病の日々、オグリはなぜ〝生きること〟に執念を燃やしたのだろう…。その答えを垣間みたような気がした。〝オグリの仔は走らない〟と言われる逆風の中、黙々と孤軍奮闘するその姿に、私はどれ程胸を熱くしたことだろう。

キャップとの約束

オグリキャップ唯一の後継種牡馬となったノーザンキャップ

「キャップ…種牡馬になってお父さんの応援してみようか…?」。オグリキャップの直系継承という言葉もうかばす、気負いもなかった。ただ、キャップとの日々にひとつの目標が見つかったこと、それが何よりうれしかった。少し間をおいて、静かに振り向いたキャップは、いつもより〝力強い目〟でまっすぐに私をみつめ返した…。

クレイドルファーム・堀江佳世子(ほりえ・かよこ)

〈水・木曜日に公開〉

著者:東スポ競馬編集部