ヴィクトリアマイル2023

[GⅠヴィクトリアマイル=2023年5月14日(日曜)4歳上牝、東京競馬場・芝1600メートル]

【トレセン発秘話】年明けのシルクロードSを快勝。悲願のGⅠタイトル奪取へ、機は熟したかに見えたナムラクレアだが、高松宮記念では惜しくも2着と涙をのんだ。とはいえ、折からの大雨による不良馬場の中、勝ち馬とはわずか0秒1差と現役屈指のスプリンターの名に恥じぬレースぶり。振り返れば、昨年のスプリンターズS0秒2差5着にしても、トラックバイアスに泣かされたもので、スプリント界の頂の寸前にまで到達している馬なのは間違いあるまい。

 そのナムラクレアの次なる挑戦の舞台となるのが、このヴィクトリアマイルである。それはまるで新たな強敵を求めてスーパーバンタム級に転向する井上尚弥に似ている…とするのは少々言い過ぎ? いや、ここまで重賞で3勝を挙げ、2度のGⅠ挑戦で2番人気に推されるなど、「スプリント」のカテゴリーでは牡牝問わず最上位にランクされる馬が、より適性に近い番組が前日にありながらも、「マイル」という新たなステージへと足を踏み入れるのは実に立派ではないか。

 そう、1400メートルの京王杯スプリングCではなく、1200メートルから1600メートルへ。この一足飛びの挑戦は、昨秋から施している調教パターンの変化に秘密があるのだという。

進化への準備をしっかりと整えてきたナムラクレア

 かつてのナムラクレアは坂路で馬なりのまま楽々と猛時計を連発する、そのスピード感あふれる走りこそが代名詞となっていたが、昨秋のスプリンターズS後からウッドでの調教を本格的に取り入れはじめ、今では坂路&ウッドのミックス調教に完全に切り替わっているのだ。

「この子の場合、坂路調教だけだと前肢の出が硬くなりやすい感じがあるんですよね。それに坂路では悪い意味で一息で走り切れますが、フラットなところなら息の入れ方も覚えられる。今は精神的にも成長して、道中リラックスして走れるし、柔らかみも出てきました。自分でバランスを取って、大きく、そして力まずに走れるようになりましたね。手前の変換もフラットなコースのほうがスムーズにできます」

 管理する長谷川調教師は、単に距離を延ばすことでのスタミナ強化だけではない、トラック調教の大きなメリットを強調。その成長ぶりに手応えを感じている。

 東京マイルのGⅠを乗り切れるかについては「正直、走ってみないと…」。そう前置きしながらも「(シルクロードS、高松宮記念と)中京の坂をクリアして、平坦なところでは伸びてきてくれました。現状では(急坂の)中山、阪神よりはいいイメージが持てますね」と期待は隠せない。

「適性はスプリントでしょうが、マイルも十分守備範囲です。もともとマイルでデビュー(3着)して、阪神JF(5着)、桜花賞(3着)とマイルGⅠでも頑張ってくれてましたから。コンスタントに使ってきていたこともあってか、力むようになったので、その後はスプリント路線を選びましたが…。競馬も覚えてきて、精神的に成長した今なら、阪神JF、桜花賞のころとは違うリズムでマイルを走れるんじゃないかな」

 スプリント戦からの臨戦でGⅠを制した馬といえば、真っ先に思い浮かぶのは「女傑」グランアレグリア。2020年に見せた高松宮記念2着→安田記念1着、スプリンターズS1着→マイルCS1着と“階級差”をものともしない走りは衝撃的だった。ナムラクレアもまた幅広いレンジで活躍するスーパーホースへと進化を遂げるのか。その走りから目が離せそうもない。

著者:鈴木 邦宏