
今週末、韓国では国際競走が行われる。2016年にコリアカップをクリソライト(音無)で勝ち、18年にはコリアスプリントをモーニン(石坂正)で勝ったのが藤井勘一郎騎手だ。
1983年12月生まれだから現在39歳。小学生の時に読んだ漫画で競馬に興味を持つと、武豊騎手に憧れ、騎手を目指した。当然、競馬学校を受験しようと考えたが、体重が規定を超過。受験を断念せざるを得なかった。しかし、それはイコール、騎手になる道をを諦めたわけではなかった。
「中学を卒業して、オーストラリアの競馬学校に入学しました」
01年12月には、ついに異国でのデビューを果たした。その後、約5年の間に200近い勝ち星を挙げ、順風満帆かと思えたが、決してそうではなかった。
「ビザの関係で帰国を余儀なくされました。その後は日本の牧場を経て、シンガポールや韓国などで乗りました」
冒頭で記したモーニンによるコリアスプリント優勝時も、彼はJRAの所属ではなかった。その間、JRAの騎手試験を受け続けていたが、なかなか門扉が開くことはなかったのだ。
そんな苦労人がついに難関を突破したのが2019年。約20年の時を経て、やっと念願のJRA騎手となってみせた。
しかし、皆さんご存じの通り、22年4月の福島競馬で、彼は落馬による大ケガを負ってしまった。
「以来、下半身の感覚はほとんどなくなり、現在は車椅子での生活です」
そう言う藤井騎手だが、決して暗い表情はせず、次のように続ける。
「今リハビリに励んでいます。トレセンに頻繁に顔を出すなど、いろいろなことに前向きに取り組んでいます。週末も韓国で生観戦する予定で、遠征時代の仲間に会うのが楽しみです」
(平松さとし)
著者:東スポ競馬編集部