確信のサンデーサイレンス、難解なディープインパクト

 種牡馬イクイノックスの可能性。そのヒントは、日本競馬の歴史を変えた大種牡馬サンデーサイレンスと、彼の代表産駒にして最も成功した種牡馬ディープインパクトにある。まず、この2頭の話をしたい。

 スペシャルウィークなどを管理した元JRA調教師の白井寿昭さんは、サンデーサイレンスのレースを現地で観戦し、種牡馬としての成功(当時は日本導入が決まっていなかった)を確信したと言っていた。

「サンデーはコーナーでスピードが落ちず、むしろ加速していくようにさえも感じた。それを可能にしていたのはサンデーの柔らかい筋肉。あのような馬は見たことがなかった。スピード、切れ、しなやかさといった3つの要素。これがサンデーを大種牡馬に押し上げたと思っている」

 イクイノックス以前、最高レベルでそれを備えていた馬はディープインパクトだった。だが…。ディープは馬格がなかった。2002年セレクトセールにおけるディープインパクト自身の落札価格は7000万円。その日、上場されたサンデーサイレンス産駒14頭のうち9番目という低い評価に過ぎなかった。見た目のアピールに乏しかったのだ。ゆえに種牡馬入り当初はストームキャット、フレンチデピュティのような、骨量の豊かなダート短距離系との配合が多かった…と考えている。

 最高傑作となったコントレイルはディープが地位を確立した晩年の産駒。母の父は万能性に富むアンブライドルズソングで、方向性の違いが生み出した名馬(それでも奥深いところにストームキャットの名はあるのだが)と言えるだろう。

 だが、それまでの産駒と同じく、彼もディープインパクトの〝領域〟には届いていない。近い体形、似た存在ではあるが、ディープインパクトではない。ここにディープの難しさがあったと思う。

イクイノックスが時代を変える

イクイノックスとリバティアイランドのJCワンツー配合は見られるか?
イクイノックスとリバティアイランドのJCワンツー配合は見られるか?

 イクイノックスに話を戻そう。サンデーサイレンスに由来する種牡馬として成功するための3要素。「スピード」「切れ」「しなやかさ」を、イクイノックスが高い次元で備えているのは、誰の目にも明らかだろう。返し馬を見ただけでわかる〝柔らかい筋肉〟が産駒に伝承すれば、それだけで日本馬のレベルは、もう一つ上の段階まで引き上げられるはずだ。

 さらに言うのであれば、ディープと違ってイクイノックスは馬格にも恵まれ、配合相手に自身の弱点を補ってもらう必要がない。イクイノックスの特徴を消してしまうような、硬さのあるダート血統を選択する理由がないのだ。

 そして、最も大事な要素──。それはイクイノックスの血統構成にある。血統表においてサンデーサイレンスの〝位置〟が進み、彼はインブリードの恩恵を極めて受けやすい種牡馬となった。ディープインパクトでは難しく、キズナやコントレイルでも躊躇(ちゅうちょ)したサンデー系との配合が、イクイノックスでは問題になるどころか、大きなプラス材料になっていく。

 例えば、リバティアイランド、スターズオンアースが相手ならサンデーサイレンスの4×4。アーモンドアイなら〝奇跡の血量〟と表現される4×3。どれもキングカメハメハを父系に持っているので、サンデーサイレンス×キングカメハメハのニックスまで成立するのだ。

 自身の最強の武器(しなやかさ)を打ち消すしかなかったディープインパクトと違い、イクイノックスは自身の特徴を伝達するだけでなく、サンデーサイレンスという最強種牡馬のインブリードによって、前述した3要素を、さらに底上げする可能性まで持っている。

 そこにトニービン、ダンシングブレーヴといった凱旋門賞馬の血まで絡む…。日本の高速馬場だけでは完結しない重厚な配合の馬をつくることまで可能なのだ。なんと贅沢(ぜいたく)な種牡馬なのだろうか。

 飽和したサンデーサイレンスの血に苦しみ、同馬の血を持たない馬の導入に汗をかき、しかしながら、彼を超える種牡馬が登場しなかった日本の生産界の十数年──。そこに風穴をあける馬がイクイノックスだ。

 先日、社台スタリオンステーションから発表されたキタサンブラックの種付け料2000万円は、現在のトップであり、簡単に手が出せない高額。だが、初年度産駒で結果を出せるようなら、この金額さえも彼は簡単に抜いていくだろう。「サンデー前、サンデー後」という言葉が血統の世界にはあるが、イクイノックスによって、この言葉さえも〝前時代のもの〟になってしまうかもしれない。

著者:松浪 大樹