歴史的名牝テスコガビー(1975年オークス)
歴史的名牝テスコガビー(1975年オークス)

 21日の中山1R・3歳未勝利戦(ダート1200メートル)は、3番人気のガビーズシスター(牝=父アポロキングダム、母アンジュデトワール・中野)が2番手から抜け出して4馬身差の圧勝。2戦目で勝ち上がった。ガビーズシスターはその名が示す通り、1975年の桜花賞、オークの2冠を制し、今でも日本競馬史上最強牝馬に挙げられるテスコガビーの全妹テスコエンゼルを4代母に持つ。

 テスコガビーは父テスコボーイ、母キタノリュウ、母の父モンタヴァルという血統。テスコボーイは初年度産駒のランドプリンスが皐月賞を勝つと、以後キタノカチドキ(皐月賞、菊花賞)、トウショウボーイ(皐月賞、有馬記念、宝塚記念)、サクラユタカオー(天皇賞・秋)、ハギノカムイオー(宝塚記念)など多くの一流馬を送り出し一時代を築いた名種牡馬で、プリンスリーギフト系ブームの火付け役となった。

 父テスコボーイの「テスコ」とオーナーの隣人であるスイス人貿易商の娘ガビエルの愛称である「ガビー」を組み合わせてテスコガビーと名付けられた牝馬は、関東の仲住芳雄厩舎に預けられた。牝馬らしからぬ黒光りする馬体とスピードは早くから厩舎関係者の間でも評判となっていた。

 9月に迎えた東京のデビュー戦を7馬身差で圧勝したテスコガビーは、3歳S→京成杯3歳S→京成杯と無傷の4連勝を飾る。続く東京4歳Sではのちに皐月賞、ダービーの2冠を制するカブラヤオーと対決。どちらも主戦は菅原泰夫だったが、自厩舎のカブラヤオーを弟弟子の菅野澄男に託し、テスコガビーに騎乗。レースは直線で2頭の壮絶な叩き合いとなったが、カブラヤオーがテスコガビーをアタマ差退けた。

 初めての敗戦を喫したテスコガビーだったが、阪神4歳牝馬特別では単勝1・1倍の圧倒的な人気に応えて楽勝。桜花賞も直線では独走となり、2着ジョーケンプトンに1秒7差の大差勝ち。「後ろからはなんにも来ない」と3度も絶叫した杉本清アナウンサーの実況はあまりにも有名だ。勝ちタイムは当時の桜花賞レコードとなる1分34秒9。スピード化時代の幕開けでもあった。急きょ出走が決まった4歳牝馬特別では3着と敗れてしまったが、オークスでは2着のソシアルトウショウ(トウショウボーイの半姉)に8馬身の差をつけて2冠を達成した。

 その後は脚部不安で長期休養を余儀なくされ、約1年後にオープン戦で復帰したものの6着に敗戦。再び脚部不安が出て休養→引退が決まった。ところがオーナーの要望で現役に復帰することになり、その調教中にテスコガビーは心臓まひで息絶えてしまった。

 テスコガビーの子が走る姿が見たかったというファンの夢はかなわなかった。あれから約50年、令和の世に現れたガビーズシスターにはこれからも異次元のスピードを誇った名牝の名を思い起こさせてほしいものだ。

著者:東スポ競馬編集部