横浜市は浦舟町の横浜市立大学附属市民総合医療センター(センター病院)に金沢区にある市大附属病院の機能を集約させ、新病院として建て替えていく方針を2月15日に明らかにした。これまで新病院は中区、南区、磯子区にまたがる米軍根岸住宅地区に建設する方針だったが、アクセスの悪さなどがネックとなり、方針転換を決めた。新病院は工事開始から約15年後の開院を目指す。また、返還時期が示されていなかった根岸住宅地区について、市は「そう遠くない時期」と初めて言及した。

センター病院は1989年に救急棟が完成、99年に本館などが建設され、現在の形になった。金沢区福浦の附属病院には市大医学部の施設があり、86年完成。ともに建設から35年以上が経過し、施設の狭あい化や老朽化に加え、診療圏や設備投資・管理部門の重複、病床数の不足などの課題を抱えていた。

市は最先端の教育や世界レベルの研究、横浜の医療をけん引する総合医療拠点を目指すために再整備することを決め、2020年に構想案を示していた。案では、日米で返還方針が合意されている根岸住宅地区を最有力候補地として、2病院と医学部を再整備するとしていた。

アクセスに支障

2月15日に開かれた市会政策・総務・財政委員会で市政策局は、これまでの方針を転換し、センター病院に2病院の機能を集約させ、医学部のみ根岸住宅地区に移転することを明らかにした。市はその理由として、根岸住宅地区に病院を集約させた場合、周辺道路が渋滞して救急車のアクセスに支障があることやバスの大幅な増便が必要であることなどを挙げた。根岸住宅地区は根岸駅から約1Km離れた高台にあり、構想案が示された時からアクセスを懸念する声が出ていた。

センター病院は地下鉄やバスのアクセスが良く、駐車場側に未利用の土地がある。新しい方針では、センター病院を使いつつ、未利用地で建設を行い、機能を少しずつ移しながら医療機能を保ち続ける。まず、老朽化によって再整備の緊急性が高い救急棟の整備を検討するという。

開院、約15年後

市は24年度中に基本計画案を策定し、25年度に市民意見募集を行った上で計画を確定する。想定では新病院、医学部ともに工事開始から約15年後にスタートさせる意向。

センター病院は患者の約3割が南区内のクリニックからの紹介によるもので、区民にとって「地域医療の最後の砦」になっている。

方針転換で病院が浦舟町に存続することとなり、近くに住む町内会長は「センター病院が残れば、近くにある薬局なども残るはずで、安心できる」と話す。

返還「そう遠くない時期」

市は7日の市会基地対策特別委員会の中で、根岸住宅地区の米軍からの返還時期について「そう遠くない時期に見込まれる」と説明した。市政策局基地対策課によると、市が返還時期に言及したのは初めて。

国は20年から建物撤去などの原状回復作業を進め、すでに全179棟の住宅を撤去。しかし、当初「おおむね3年程度」としていた作業は完了のメドが立っておらず、今年4月以降も続くことが国から示されている。

根岸住宅地区の中区側の周辺住民による「第6地区のまちづくりを考える会」の代表を務める早川修さん(73)は返還後の跡地利用に関し、「主要な道路整備など、跡地利用計画の個別具体について、市は意見募集をして市民の声を把握する必要がある」としている。