江戸幕府260年の基礎を築き上げた初代将軍・徳川家康。その生い立ちは決して恵まれたものではなかった。彼が送った壮絶な人生とは? 元国税調査官で、作家の大村大次郎氏による新刊『家康の経営戦略』より一部抜粋・再構成してお届けする。

戦国時代の三英傑、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康を、ホトトギスを絡めて評した有名な句がある。

織田信長「鳴かぬなら 殺してしまおう ホトトギス」
豊臣秀吉「鳴かぬなら 鳴かせてみせよう ホトトギス」
徳川家康「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」

これは、おそらく、誰もが何度も耳にしたことがあるはずだ。この句によると、家康には「待つこと」に特徴があるということである。

たしかに、家康は「待つこと」で天下を手中にした面はある。信長や秀吉が、積極的に天下獲りの意思を示して、精力的に活動したのに対し、家康は人生の終盤まで、そういう野心は見せずに、第二走者、第三走者の地位に甘んじていた。

しかし、人生の終盤にきて大チャンスが到来したときに、ものの見事に天下を我が物にしたのである。

なぜ「待つこと」が難しいのか?

家康の第一の凄さは「待つこと」ができたことだと言えるだろう。わずかでも人生経験がある人ならば、「待つこと」がかなりシンドイものであることを知っているはずだ。

いつ来るとは知れないチャンスをひたすら待ち続けるというのは、相当な精神力を必要とする。ほとんどの人は「待つこと」ができず、あせったり迷ったりして、目途も立っていないのに何か行動を起こしたり、目先のちょっとした功名に走ったりする。

しかし、家康はそうではなかった。よく知られているように、家康は幼少期には、人質として今川家に出されていた。成人して信長と同盟を結んでいるときには、まるで信長の忠臣であるかのように振る舞った。

そこで家康は、決して目立つことはせず、ひたすら大きな相手に恭順し、下僕のように尽くしてきた。が、家康は、人生を捨てて自棄になったわけでも、すべてを相手に委ねていたわけでもなかった。ひたすら、いつ来るかもわからないチャンスを待ち続けたのである。