『人間の証明』、『セーラー服と機関銃』…活字と映像を交錯させて、表現の力で社会を揺り動かした戦後最大の出版人、角川春樹。

その角川春樹の2時間の聞き書きをまとめた『サンデー毎日』の記事の反響を受け、ロングバージョンとして、延べ40時間にわたって初めて全人生を語った書物として刊行された『最後の角川春樹』より「終章 それでも敗れざる者 新たな闘いに挑む」を抜粋、一部再構成してお届けする。

〝鬼滅現象〟のあおりを受けて

2020年の夏から秋にかけて、角川春樹が監督を務めた映画『みをつくし料理帖』は3億5000千万円の製作費に対して2億円の宣伝費をかけてプロモーションを行った。

角川春樹が本文で語った、原作の読者層である30代から40代の女性以外に、東映の宣伝部は〝角川映画世代〟である50代から70代の観客層をターゲットとし、角川が200誌を超える取材に応じ、中高年が購読する『朝日新聞』を始めとする紙媒体に広告記事を載せた。

こうして『みをつくし料理帖』は満を持し、2020年10月16日(金曜日)に全国310館の劇場で公開された。折りしも、44年前に日比谷映画で『犬神家の一族』が封切られ、「角川映画」が始まったのと同日であることが、関係者の期待をいやが上にもつのらせた。

私は事前にインターネットでチケットを購入し、初日にグランドシネマサンシャイン池袋に出かけた。ロビーには10代の観客が溢れ、当日券売り場には長蛇の列が出来ており、私は彼らが『みをつくし料理帖』を待つ人たちだと思った。しかし、上映される劇場に入ると観客はまばらだった。ロビーにいた人々は同日に公開され、やがて日本映画の興行記録を塗りかえる『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』(20年、外崎春雄監督)の観客だったのだ。

宣伝部が期待した中高年齢層は、10月から第2波が到来した新型コロナウイルスへの感染を恐れ、映画館に足を運ばなかった。そのうえ、彼らは、当時、感染源とマスコミが書き立てた10代から20代の観客が『鬼滅の刃』を観るため劇場に押し寄せ、各劇場のロビーが〝三密〟になっていることを新聞やネットで目の当たりにし、劇場に行くことをさらに控えた。そして、若年層の観客は『みをつくし料理帖』には興味を示さなかった。