筆者が実際に経験してきたさまざまな会社のエピソードを紹介しながら、新規事業にまつわる企業人としての処世術をお伝えする本連載。第3回は、せっかくリスクを取って社内で果敢に新規事業へ取り組んだのに、はしごを外されてしまったケースから、新規事業の難しさを解説します。

東京に本社を置き、100年以上の歴史を持つ大手上場メーカーのA社。BtoBで安定した業績を上げており、直近の売上高は微増ながら利益は過去最高水準にあります。ただ、近年は取引先の業況が芳しくなく、低価格の海外製品の流入が増えてきていて、先々の業績見通しは決して明るくありません。

「まだ余裕のある今のうちに」と、社内に新規事業を検討するプロジェクトが創設されました。プロジェクトリーダーには、過去に主力事業で実績のある田中浩治課長(仮名、40代)が専任で任命されました。A社では、新規事業の検討に専任者が配属されるのは珍しいことです。月1回、役員会とは別に重役も参加するプロジェクト会議が設定され、その様子から社内でも「今回の取り組みは会社も本気なようだ」と注目が集まりました。

この会社では、過去に新規事業で成功し、その後に出世コースを進んだ人が少ないことは、社歴のある従業員なら誰もが知っていることでした。一方で、「あのまま元の部署にいれば順調に部長にもなれたろうに、ここで新規事業に外へ出されて大変だ」というような見方をする人もいました。

紆余曲折の末に、どうにか事業を立ち上げ

着任した田中課長は既存事業では実績があったとはいえ、新規事業に取り組むのは初めてでした。当初は何からどう手をつけてよいかわからず、いろいろと注文をつける役員もいましたが、過去の実績で培ってきた社内人脈も活かして起案を通し、事業化の社内承認を取り付けました。

全社的にもひとまずは「よくやった!」とお祝いムード。プロジェクトリーダーの田中課長も「組織発足から1年半、やっとひとつ形にして世に出せた」と胸をなで下ろしました。