中学受験の塾に通う友人はおらず、いつも塾の時間になると、柚月くんだけが先に帰ることとなった。それでも、塾に行くのを嫌がったことはほとんどなかった。彼を支えていたのは「医者になりたい」という夢だ。

「気持ちの切り替えはうまいほうだと思います」と知美さん。学校では友達の多い柚月くんだが、塾の教室で誰かと話している様子を目にすることはほとんどなかった。

「たまに消しゴムを飛ばす遊びをしていたようですけど、自分から先生に質問したり、友達を作ろうと話していくタイプでもないので、そこは心配していました。でも本人はとくにそんなこと気にしていなかったようです。塾は遊びに行く所ではなくて、勉強をしにいく所だと割り切っていたような感じがします」

だからこそ、学校ではのびのびと友達と過ごしていたのかもしれない。

父親という強力な助っ人

塾であまり先生に質問に行くことをしなかったのは、別の理由もあった。

柚月くんには強力な助っ人がいた。それが父親の健二さんだ。わからない問題があればすぐに中学受験経験者である父親に教えを求めたのだった。

健二さんは柚月くんのためにと、出張中はテレビ電話を使って答えていた。ひと昔前までは、子どもの教育といえば母親の役割というのが一般的だった。しかし、最近はイクメン同様、受験などの学びについても、積極的にサポートをする父親は少なくない。

近年、夜に学校説明会を実施する所が増えてきたのには、「わたしも説明を聞きたい」という父親たちの需要に応える意味もあるのだろう。父親のサポートの下、コツコツと準備を進めてきた柚月くんだが、準備をすればうまくいくわけでもないというのが受験だ。受験期間の1週間弱、柚月くんの心はまるでジェットコースターのような浮き沈みを経験することになる。

父親のアドバイスから、志望校選びでは伝統校を中心に学校見学を進めていった。受験を決めたのは埼玉県内の私立中学含めて4校。

受験校選びには苦戦した。近年の傾向として、複数回受験ができる学校が増えている。インターネット出願が普及し、受験前日の夜というギリギリまで出願を受け付ける学校も増えた。4〜7校ほど受ける子も一般的で、便利になった一方、日程と合否次第でパズルのように受験校の日程の組み合わせを考える必要があり、神経を使う。

柚月くんの場合は、第1志望の学校が複数回受験を実施しておらず、チャンスは1回だけの一発勝負。この日に向けて気持ちを高めるような戦略を取らねばならない。

第2志望にしたのは複数回受験できる城北。「本人は第1志望にした学校と同じくらい入りたい学校だったようです」(知美さん)。