受験校の校門に向かうと、お世話になってきた塾の先生の顔が見えた。「大丈夫!ここの学校に入るためにずっと頑張ってきたこと、先生知ってるからな!」と声をかけると、お守りがわりだと言って、手にクッキーを握らせてくれた。

受験生でごった返す正門、両親と塾の先生の励ましを受けて、会場へと歩を進める息子の背中は、心なしか大きく見える。待合室にいる間も、知美さんの目から涙がこぼれた。

一つ教科が終わるたび、試験問題が待合室に張り出される。問題を目にするたび、夫婦で一喜一憂したという。皮肉なことにこの学校の発表は当日ではなく翌日で、しかもネットで確認できない。

今のところ、本人が希望する学校からの合格をもらえていない以上、落ちたことを考えて、次を受けるかの決断を迫られることになる。城北の入試は翌日もあったため、まだ申し込みができる。だが、2回も落ちている中、本人が受けると言うかどうか……。

試験を終え、出てきた柚月くんを出迎えた。明日の試験について、親の心配をよそに、柚月くんの切り返しは早かった。「難しいとは思うけれど、一応、明日の城北、受けてもいいかな?」。その言葉に急遽ネット出願を決めた。

受験を通して家族が手に入れたもの

翌朝はまずは再び城北へと試験に向かう親子。泣いても笑ってもこれが最後の受験だ。試験開始のチャイムの後、夫、健二さんは深々と妻に頭をさげた。「知美、今日までお疲れ様でした」。込み上げてくる涙を抑える知美さん、「ありがとう」と心の中でつぶやきながら、夫の目を見るのがやっとだった。

城北での3回目の入試を終えた足で向かったのは第1志望校の合格発表。恐る恐る歩みを進める親とは違い、柚月くんは小走りで掲示板へと向かって行った。「あった〜!僕の番号、あったー!」

「うそでしょ!ホントに!」

親子で受験番号を何度も確認し、思わずその場にうずくまった。今度の涙は、嬉し泣きの涙だった。

あの受験から1年、好きな部活に入り、楽しい中学生活を過ごしているという柚月くん。母親の知美さんは、当時を思い出すと今も涙が浮かぶと話す。

「本人の頑張りはもちろんですが、自分の時間をなくしてでも全力でサポートしてくれた主人に、敬意を払いたいと思います」

数年かけて準備した結果が、わずか数日の間に出てしまう受験。その様子は、大きな大会、レースに挑むアスリートと似ているような気さえしてくる。

受験を通して伊藤親子が手にしたのは、合格という切符だけではないだろう。家族が一丸となって同じゴールを目指せることは、世の中にそう多くはない。部活やスポーツでそれを経験する家族がいるように、受験を通してそれを行う家族もいる。苦しい受験を通じて培ったこの家族の絆、信頼関係は、親子をこれからも支え続けるだろう。

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著者:宮本 さおり