新型コロナウイルスは、いわば「ノード」(結び目)となった世界各地域が、中心点と太く結びついてウイルスを導き入れた現象ともいえる。この現象において、「地理」は、間違いなく最重要要素の1つだ。

このたび上梓された『新しい地政学』の執筆者の1人で、国際紛争解決を専門とする篠田英朗氏が、21世紀の「地政学」が分析対象にする「地理」とは何かを論じる。

「新しい地政学」は「ビリヤード・モデルの終わり」

冷戦終焉時にフランシス・フクヤマの『歴史の終わり』の考え方が有名になった。グローバル化を背景にした自由民主主義が普遍化する時代には、地理的差異も相対化されるとみなされていたかもしれない。『歴史の終わり』の考え方は、「地理の終わり」の考え方でもあった。

だが結局、「歴史の終わり」はレトリックにすぎなかった。「地理の終わり」もそうだろう。地理的条件の重要性が終わるはずがない。そこで21世紀に入って、むしろ「地政学の復権」が語られることになった。

ただし、「古い地政学」が単純に復活したと考えるのも、正しくない。変化を考慮したうえで、歴史的・地理的条件を見ていかなければならない。

私見では、冷戦時代の国際政治学におけるリアリズムの世界観、つまり国家と国家がビリヤード台の上のボールのように相互にぶつかりあう「ビリヤード・モデル」の見方が、時代遅れになっている。「地政学の復権」とは、少なくとも「ビリヤード・モデル」の復活のことではない。

そもそも「ビリヤード・モデル」は、歴史的でも地理的でもない見方だった。非歴史的・非地理的にボール状の国家が存在し、それらが自由に動き回って衝突し合うなどという世界観は、歴史的・地理的条件を度外視した、まったく非現実的な世界観であった。「ビリヤード・モデル」は、19世紀帝国主義の時代や、20世紀冷戦時代のように、同質性の高い少数の国々の力が著しく突出した特異な時代に特有の世界観だったと言えよう。

実際の国家は、歴史的・地理的条件に拘束されて存在している。また、ボールのように固定的な存在ではなく、人と物の移動によって、絶えず相互浸食をしあっているし、ネットワークを形成して複雑に結びつきあってもいる。

「新しい地政学」は、21世紀特有の歴史的・地理的条件を十分に考慮して、国際政治を分析していくものでなければならない。