新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかからない。社会全体が「コロナ不安症」とでも評すべき症状に覆われているかのようだ。デマや流言の氾濫、買い占めや窃盗の勃発、外国人や医療従事者、感染者への差別などはもはや珍しい現象ではなくなった。

今や「安心」と引き換えに「自由」を犠牲にする政策が日本を含む世界各国で積極的に採用されている。大規模な集会の禁止や公的施設の閉鎖、移動制限、学校の休校がそれだ。世界保健機関(WHO)が実施を強く求めている「社会距離戦略」(人と人の接触を極力減らすこと)はまさにその象徴といえる。だが、この「安心」と「自由」のジレンマこそが新たな問題の温床になりつつある。

日本では、それが休校により屋外で遊ぶ子どもたちに対するクレームという「いびつな形」で噴出した。3月12日の毎日新聞は、児童らが公園などで遊ぶのは「休校の趣旨に反するのでは」という住民の声が各地の学校や教育委員会に寄せられていると報じた。千葉県松戸市の教育委員会には「子どもが昼間から公園に集まってうるさい」との苦情もあったという。

「社会の目が、相当厳しくなっている」

3月17日の北海道新聞でも、道内の自治体や学校には2月下旬の休校以降、「温水プールに子どもが集まっていた」「商業施設に生徒がたむろしている」「なんで自粛させないんだ」などの意見が地域住民から寄せられているとし、教諭の「社会の目が相当、厳しくなっているのを感じる」とのコメントを紹介した。

3月9日には文部科学省が「適度な運動や散歩を妨げるものではない」とする見解を示す事態になった。これは一端にすぎない。

恐らく誰もが多かれ少なかれ政府の要請から派生した「自粛ムード」というあいまいなものを基準に他人の行動を評価し始めているのではないだろうか。

政府が国民に不要不急の外出を控えることを求めると同時に、「人が集まる風通しが悪い場所を避けること」を呼びかけたことがきっかけになっているが、「中高生が街中を出歩いているのはけしからん」「この時期にレジャーに行くのは神経を疑う」などといった、自粛ムードを金科玉条のごとく内面化した人々による「不謹慎狩り」の様相を呈してきている。