しかし残念なのは、それが海外に十分に発信されていない。もう少し日本の研究成果を海外に橋渡ししたり、つながっていけばよいと思います。私が今回の本を書いた理由の1つも、国内の経営学の研究者に読んでもらい、日本のコンテクストで自分の研究内容を理論とつなげて、情報発信する材料に使ってもらえればと思ったからなのです。

井上:世界の標準の言語、作法、スタイルなど、プロトコルに合わせて発信するのが、今後、日本の経営学がこれから目指すべきところだと私も思っています。

入山章栄(いりやま あきえ)/早稲田大学ビジネススクール教授。1972年東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所でコンサルティング業務に従事した後、2008年ピッツバーグ大学経営大学院でPh.D.を取得。ニューヨーク州立大学バッファー校ビジネススクールのアシスタントプロフェッサーなどを経て、2019年より現職。主な著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』などがある。国際的ジャーナルへの論文発表も多数(撮影:梅谷秀司)

入山:グローバルに見ると、経営学では標準化が進んでいます。同じ理論を使い、実証研究では、定性分析と統計解析をうまく組み合わせながら普遍的な法則を発見していく。

井上:私の印象では、アメリカを中心にするアカデミーは、標準化を進めようとしているのに対し、日本はそうではない。だから、先生の数だけ経営学がある、なんて言われますよね。

私が『ブラックスワンの経営学』を書いたのは、日本の経営学のケーススタディのやり方を海外の標準様式に合わせれば、海外のジャーナルにも掲載してもらえる可能性が出てくると思ったからです。プロトコルは世界に合わせて、問題意識はアメリカの経営学の中ではなかなか語り尽くせないところを見つけて、固有の考え方や現象を探せばよいのです。

入山:そうですね。日本で大事にされているものがあるなら、プロトコルに合わせた形でグローバルに発表できればよいでしょうね。

経営という現象は理論化できるのか?

井上:ところで、私は経営理論というものが本当にあるのかと、たまに思ったりします。入山さんは理論を説明するときに「ディシプリン」という言葉を使っていますが、本をたどれば、経営理論のルーツはすべて社会科学や人文科学の理論ですよね。

入山:海外でも、経営学はセオリー・ボローイング(他分野からの借り物の理論)だと言う人がいます。というのも、経営は現象であり、やっているのは人間だから、人間の根本的な意思決定・行動原理を取り扱う心理学や経済学の考えを借りてくるからです。

私自身はそこにこだわりはなく、「経営学独自の理論でなくてもよい」と思っています。大事なのは経営学という領域の独自性ではなく、あくまで企業・組織・人の真理法則に迫ることですから。例えば、エンジニアリングは背景に物理理論、化学理論があるけれども、だからエンジニアリングに価値がないわけではない。経営学も同じです。

井上:しかし、工学部の人はそれを使って橋が作れますが、経営学では理論を知っているだけでは経営はできません。

入山:うーん、これはどうなんだろう。これは、自然科学と社会科学の違いではないでしょうか。土木は橋を作るのは物理法則が明確だから、こうなったら倒壊する、これなら絶対に大丈夫だとわかる。そういう自然科学と比べて、社会科学は人間を扱います。人間はすごくいい加減で、「絶対こうだ」と言い切れないところが難しい。

井上:普遍的かつ一般化可能な法則を求めないと、科学ではないと言われます。人間を相手にする学問で、果たして科学は成り立ちうるのかと、私はかなり疑問に思っています。