コロナ危機はグローバリゼーションの脆弱性をあらわにした。各国は医療物資などの輸出規制を行い、自国民優先の「ナショナリズム」に走り出している。

この事態をどのようにとらえればいいのか。このたび『日本経済学新論: 渋沢栄一から下村治まで』を上梓した中野剛志氏が、経済とナショナリズムが密接不可分である理由を読み解く。

グローバリゼーションの「不確実性」

新型コロナウイルス感染症の感染拡大が引き起こした危機(「コロナ危機」)は、世界的に見ても、いまだ収束したとは言いがたい。しかし、この巨大な危機がもたらした変化を見て、人々は、早くもコロナ危機以後(「ポストコロナ」あるいは「アフターコロナ」)の世界をイメージし始めている。

コロナ危機によって、強く印象付けられたのは、グローバリゼーションの限界と問題点であった。

パンデミックが勃発するや否や、世界各国は、国境の壁を引き上げ、人の出入国を厳しく管理して、自国民をコロナウイルスから保護しようとした。とりわけ、EU(欧州連合)各国が、域内の自由な人の移動という理念をかなぐり捨てて、厳格な国境管理を導入したことは、象徴的であった。

世界各国は、自国民を守るために、マスク、消毒液、人工呼吸器などの医療物資を奪い合い、輸出を規制する国も現れた。少なくとも医療物資に関して、自由貿易の理念はあっさりと踏みにじられ、どの国も、自国民優先のナショナリズムに走った。

しかし、それに異を唱える声は皆無に等しかった。貿易による互恵的な利益や他国民の生命よりも、自国民の生命を優先することを、誰も疑問視しなかったのだ。

そもそも、中国武漢で発生した新型コロナウイルスが、世界中に瞬く間に広がるなどといったこと自体、グローバリゼーションが進んでいなければ、ありえなかった。パンデミックの原因は、グローバリゼーションであると言っても過言ではない。

そして、武漢が封鎖されると、中国に展開されていたサプライチェーンが寸断され、部品や製品の供給途絶が起きた。さらに、国連食糧農業機関(FAO)や世界保健機関(WHO)は、人の移動の禁止による労働者不足により農産物の生産量が減少し、食料不足になると警鐘を鳴らした(「新型コロナ 世界的食料危機の恐れ 移動禁止/輸出制限」毎日新聞 2020年5月3日付 東京朝刊)。