一般的にウイルス感染症では、重症化した場合や遺伝子変異が起こりやすいウイルスに対処する場合には、効き方の違う薬を2種類以上併用する。いわば複数経路を封じて一気にたたきのめすという戦略である。その意味ではアビガンの製造承認申請が行われた当時、これが承認されれば、場合によって併用療法が可能になるというメリットが考えられた。

一方、インフルエンザの流行に関しては、アビガン申請前の2003〜2011年にアジア、中東を中心に感染者578人、死者340人が発生した高病原性トリインフルエンザ(H5N1)、2009年4〜11月までに全世界で62万人超の感染者と約8000人の死者を出したブタ由来新型インフルエンザのパンデミックが発生していた。

遺伝子変異が頻繁に起こりやすいインフルエンザウイルスでは、このような通常の季節性インフルエンザを超える病原性の高いものが出現する危険性はつねに存在する。こうした事態に備える意味でも新しいタイプのインフルエンザ治療薬の選択肢は必要だった。しかも、アビガンに関しては動物実験段階で高病原性トリインフルエンザへの効果があることが示されていた。

いずれにせよインフルエンザ治療薬としては当初かなり期待されたのがアビガンだった。

懸念された重大な副作用

しかし、審査の段階で「物言い」がついてしまう。問題となったのは承認申請時に提出された動物実験の結果だ。アビガンを投与されたラットでは初期の受精卵(初期胚)が死滅してしまうほか、サル、マウス、ラット、ウサギの4種類の動物すべてで、胎児の奇形が生じる「催奇形性」が認められていたからである。

動物実験と同じ結果がそのままヒトで起こるとは断言できないが、ヒトで奇形が発生するかどうかの実験は倫理的に実施不可能だ。ただ、霊長類も含む4種類もの動物で催奇形性が確認されている以上、ヒトでも起こりうると考えるのは常道である。

こうした催奇形性を有する薬については、すでに世界的に苦い歴史を経験している。1950年代後半に睡眠薬、胃腸薬として発売されたサリドマイドである。妊娠時のつわりの薬として使用されていたことなどもあり、胎児の耳や手足の奇形が起こり、日本での300人超を含め、全世界で約5000人の被害者を出した。

ちなみにこの件をきっかけに一度は市場から消えたサリドマイドは、後に治療薬が少ない血液がんの一種・多発性骨髄腫に有効なことがわかり、日本国内では2008年にその治療薬として再承認を受けた。ただ、使用に当たっては厳格な流通管理が行われ、妊婦や妊娠の可能性のある女性への投与の回避のほか、投与中および投与後7日間の避妊措置の徹底が求められている。