ただ、この3路線は微妙に違うエリアをカバーしているといっていい。とくに山側の阪急と海側の阪神は、対照的な沿線文化を持っているといわれることがある。その詳細を書いてしまうと各方面から怒られてしまいそうだが、つまりは阪急は高級イメージ、阪神は庶民イメージ、ということだ。その2路線の中間を走るJRは沿線イメージも双方のいいとこ取りか結界か。いずれにしても、それぞれが並んで走っていても役割は少しずつずれている。

阪神電車は阪神間の私鉄では最古参。途中には甲子園球場も(筆者撮影)

むろん、競争が激しいことは疑う余地がない。阪急の元の名は“阪神急行”。先行して開業していた阪神電車よりも早いぞ、というアピールのために与えられた名前だ。大正から昭和初期の話とはいえ、いかに熾烈な旅客争奪戦が繰り広げられていたのかがうかがえる。

その中でかつて国鉄だったJRは孤高の存在のような感じも漂うが、新快速は阪急・阪神とのバトルの中で生まれた速達列車だ。こちらは阪神間だけでなく京阪間もターゲット。サービス向上などすっかり後回しにされていた1970年当時の国鉄も、さすがに手をこまねいて私鉄にお客を奪われるわけにはいかなかったのだろう。

神戸以西で気を吐く山陽電鉄

今では宿命のライバルだった阪急と阪神が同じ阪急阪神ホールディングスに属するようになり、この2社とJRの関係もかつてほどのライバル関係とは言えない。互いに手を取り合って沿線活性化に取り組む向きもあって、往年のお客の奪い合いはまさしく昔日の感。時代は変わってゆくものである。

神戸以西もJRと私鉄の戦いは続く。写真は山陽電車(筆者撮影)

しかし、JRの受難は神戸(三ノ宮)にたどり着いて終わるわけではないから悩ましい。阪急・阪神との争いをくぐり抜けて三ノ宮に到達しても、播磨の中心・姫路に至るまでは山陽電車との戦いが待ち受けているのだ。

JRと山陽電車は六甲山地が明石海峡に落ちるあたりなど阪急・阪神と比べても接近して走っている区間が多く、完全な“競合”。

ただ、山陽電車はこまめに駅を設けてまるでバスのような徹底的なきめ細かい地域輸送に特化し、JRは中距離輸送が主眼ととらえれば、並んで走りつつも巧みに“すみ分け”が実現しているといっていい。お客を奪い奪われの関係だけでは、長く両雄が並び立つことはできないものである。