しかし、この時eスポーツは、ゲーム業界だけでなく、経済界からも熱い視線を集めつつありました。僕が会社を辞めた2018年といえば、世界的な盛り上がりからは少し遅れたものの、日本でもeスポーツを巡る動きが一気に表面化した年でした。

この年のゴールドマン・サックスのレポートによれば、世界におけるeスポーツの月間視聴者数は1億6700万人。2022年には2憶7600万人まで増加するという予測でした。

世界のオンライン人口が36億5000万人であることを考えると、まだまだ増加の余地があります。まったく新しい形の視聴プラットフォームであり、莫大な市場が生まれることは間違いありませんでした。

日本でもこの年から、eスポーツのプロライセンスが発行されるようになりました。プロリーグが発足し、アジア版オリンピックといえるアジア競技大会で『ウイニングイレブン2018』など複数のゲームタイトルがデモンストレーション競技に採用されるなど、次々と大きなニュースが飛び込んできていた。新しい成長産業としての注目度が一気に高まっていました。

今では「eスポーツ元年」と呼ばれるほど、2018年は大きな動きが相次いだ年だったのです。僕には、この流れに乗るならばなんとしても「1番手」にならなければダメだ、という確信がありました。

「急がないと誰かに出し抜かれてしまう」

どんな業界であれ、今まで世の中になかった新しいサービスや商品を提供するにあたっては、一番手でなければ意味をなさないことがとても多いと思います。とくに起業の場合、最初であること自体が大きなインパクトになります。

僕が目指したeスポーツの実況アナウンサーという仕事も、日本での第1号になれば、間違いなくその時点で「日本の第一人者」と認識してもらえます。それを考えると、このタイミングでのスピードは絶対に必要です。

「急がないと誰かに出し抜かれてしまう。早く!早くしなければ!」と気持ちが前のめりになったのもおわかりいただけるでしょう。

僕が局アナからゲームの世界に転身するというニュースが報道されたのは、退社日翌日の2018年6月16日。幸いにも、Yahoo!ニュースの「トピックス」欄に掲載されるほど注目されました。

ほかに大きな事件がなかったのも幸運でしたが、「最近よく聞くeスポーツってなんだ?」という興味に加え、「局アナからゲーム業界への転身第1号だって」「なんだか世界的にもゲームが盛り上がっているらしいぞ」という驚きが相乗効果となって、話題になったのでしょう。これが2番手だったら、おそらく大したニュースにはならなかったと思います。

著者:平岩 康佑