台湾にさまざまなイノベーションをもたらし続ける、台湾デジタル担当政務委員大臣のオードリー・タンさん。彼女のこれまでの仕事と思考について、オードリーさんへの丹念なインタビュー取材を元にいきいきと描き出した『オードリー・タンの思考 IQよりも大切なこと』より抜粋してご紹介します。

今回はオードリーさんが推進しているソーシャル・イノベーションの”本質”に迫ります。

オードリーが推進しているソーシャル・イノベーション。その始まりは、バングラデシュの経済学者であるムハマド・ユヌスが始めた「マイクロファイナンス」だと言われている。バングラデシュが大飢饉に見舞われ、多くの人が亡くなった1974年。ユヌスは、食料は有り余っているのに金銭的な理由で食べ物を買えず、人々が餓死していくのを目の当たりにした。優れた経済理論もその現実の前では無力だったが、彼は行動した。

27ドルという微少な金額を低利・無担保で融資する「マイクロ・クレジット」を行う〈グラミン銀行〉を1983年に創立。貧困による飢えから多くの人々を救い、自立を支援した。この功績により、2006年にノーベル平和賞を受賞している。

ソーシャル・イノベーションがなぜ今の時代に必要か

オードリーは、大臣としての自分のミッションの1つにソーシャル・イノベーションを掲げ、多くの時間をそこに費やしている。デジタル担当大臣であれば、デジタルトランスフォーメーション(DX)など、デジタルの普及や浸透といった方向に目標設定がされてもおかしくないと思うが、なぜ今の台湾にソーシャル・イノベーションが必要なのか聞いてみた。

「環境や社会問題について取り組もうとする場合、まずは団体などを作って解決しようとしますよね。けれど、多くの大企業や大学なども同じようにそれらの問題を解決しようとしています。彼らは互いにベストな考え方を探り合うこともなく、別々の場所で真逆のことをしているのかもしれません。私たちの仕事は、すべての人が孤独に闘うのではなく、助け合えるようソーシャル・イノベーションを用いて支援することです。これは台湾だけでなく、世界中どこであっても必要とされていることだと思いますよ」

オードリーは「インターネットは人権」であると公言し、離島や山岳地を含む地方のインターネットの普及にも取り組んでいる。ソーシャル・イノベーションの推進において、誰も置き去りにしないためだ。そんなオードリーがこの概念に触れたのは、1997年のことだった。

「当時の私たちは、オープンソースを推進すべく『フリーソフトウェアは人権の主張や社会に対する提議に使われるものであるから、ユーザーの環境で制限されることなく、誰でも閲覧・編集・実行できるものであるべきだ』という主張を大企業に伝える活動をしていました。そしてNetscapeという大企業と話す中で、『人権を主張するだけでなく、ソーシャル・イノベーションによってコストを節約しながらソフトウェアの品質をさらに上げることができるということも同時に主張すべきだ』という考え方が生まれ、彼らはそれを受け入れてくれました。それこそが1997年にできた〈オープンソース〉という概念です。

こうして彼らの作品Netscapeはオープンソースの軽量ブラウザFirefox となり、そこを基礎にして、さらに新たな発明が生まれていきました。Googleでさえこのようなロジックを信じ、ブラウザをオープンにしたのが現在のChromeですね。Internet Explorerを終了したマイクロソフトも、Chromeと同じオープンソースChromiumをベースにしたEdgeというブラウザを開発しました。