2020年2月、国内外の乗員・乗客3711人を乗せた大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス(DP)号」で新型コロナウイルスの集団感染が起きた。日本のコロナ対策の原点ともなった船内活動の中心を担ったのが、厚生労働省DMAT(災害派遣医療チーム)事務局の近藤久禎次長(50)と、感染患者の搬送を仕切った神奈川県の阿南英明・医療危機対策統括官(55)だ。『世界を敵に回しても、命のために闘う ダイヤモンド・プリンセス号の真実』を上梓した毎日新聞の瀧野隆浩氏が聞き手となって行われた2人の対談は、1年前にDP号が停泊していた横浜港のベイブリッジを臨むホテルの部屋で3時間にわたって行われた。その内容を3回にわたってお届けする。

第1回となる今回、2人は厳しく批判された感染対策の真相や福島第一原発事故対応との意外な関連性について振り返り、首相官邸の指示と現場の乖離についての苦悩を明かした。そして、今も第一線に立ち続ける2人はこの教訓をもとに、より実効性のあるコロナ対策について提案する。

安倍首相が下した突然の命令

――あのベイブリッジの向こうの埠頭にダイヤモンド・プリンセス(DP)号は接岸していたんですね。

大黒埠頭に接岸していたダイヤモンド・プリンセス号(写真:大澤 誠)

近藤:そう。高さがあって大型船はブリッジをくぐれないから、あの橋の向こうに。当初はあんな大ごとになるとは思っていませんでしたね。

2月4日ごろから始まるDPの集団感染の直前に、中国・武漢からの政府チャーター機による邦人帰国オペレーションがあり、それを支援するために、全国から関東にDMATの精鋭を集めていた。それがよかった。

阿南:うん、あれは大きかった。

近藤:実はあのとき、安倍晋三首相(当時)がいきなり「武漢オペレーションにDMATを出せ」と命じたんです。1995年の阪神・淡路大震災を教訓にして創設されたDMATは本来、大災害時の医療支援をするチームですから感染症対処は想定されていなかった。でも、それで初動はうまくいきました。