さて、ここからは私が取材した暗号資産投資家の悲劇を具体的に紹介する。国税庁が2017年12月にホームページ上で公表した、暗号資産の所得計算に関するFAQの存在に気づかないまま、含み益のある暗号資産でICOのトークンを購入。ところがその後、そのトークンがほぼ無価値となり、高額の所得税を納められなくなったケースだ。

「国税局から指摘された2018年分の所得の申告漏れ額は約5300万円、追徴税額は加算税や住民税も合わせて約3000万円。今の約300万円の年収では、一生かかってもとても納め切れません。国税庁が公表した課税ルールに気づいていれば、こんなつらい思いをしなくて済んだのに……」

中部地方で暮らす40代前半のシングルマザー、樋口沙織さん(仮名)が顔を曇らせる。20代で結婚・離婚を経験した彼女は、個人事業主として実家の家業を手伝いながら、一人息子を育ててきた。その息子も2020年4月に大学に進学し、彼女自身も一人暮らしを始めた。

暗号資産に投資するようになったのは2015年前半のこと。付き合い始めた男性が暗号資産投資にはまっていた影響で、東京などで開催されるセミナーに参加するようになった。当時のビットコインはまだ1枚2万円台。この男性の知人のルートで、マイナーな暗号資産に13万円を投資したのを皮切りに、メジャーなビットコインや、世界に先駆けて日本でプレセール(予約販売)されたカルダノ・エイダコインなど複数の暗号資産に投資した。

「エイダコインは彼氏の知人のルートで紹介された暗号資産業者から『(暗号資産の世界では神のような存在の)チャールズ・ホスキンソン氏が新たに開発した、将来有望な暗号資産』と勧められ、2015年10月の第1回プレセールの際に1枚0.24円で60万円分購入しました。購入資金は預金の3分の1を取り崩し、生命保険も解約して捻出。大した金額ではありませんが、自営業のシングルマザーにとってはこれが精一杯でした」(樋口さん)

含み益はなんと2億8000万円

ビットコインなど暗号資産の価格は2017年初めから同年12月半ばにかけて約20倍に急騰した。樋口さんもこのとき、ビットコインなどメジャーな暗号資産に何度か少額ずつ投資して、短期間で約70万円の利益を上げた。エイダコインも2017年10月に海外の取引所に上場されたあと、2018年1月初旬に133円の最高値を記録。この時点の彼女の含み益は約2億8000万円と、投資額の実に約470倍に膨らんだという。

ただ、この利益はあくまでも「含み益」にすぎず、法定通貨に換金しない限り、樋口さんの手元には一銭も入らない“絵に描いた餅”だ。

「私はのんびりした性格で、エイダコインの価格動向をいちいちチェックしてなどいませんでした。本来なら含み益は4億円近かったはずですが、購入時の仲介に関与した男性に中抜きされたようです。かなり後になって『億り人だったのに……』と聞かされたのですが、実際に換金して億単位のおカネを手にしたわけではないので、当時もその実感はありませんでした。

それに周りの人たちと同様、『巨額の含み益を抱える暗号資産を換金すると、その半分を税金に持っていかれる』と認識していたので、手持ちのエイダコインは換金せずに持ち続けました」(樋口さん)

価格急騰の最中の2017年12月1日に国税庁が公表した、暗号資産の所得の計算方法についても、樋口さんはほかの多くの投資家と同様、これに気づくことはなかった。含み益のある暗号資産をほかの暗号資産の購入に使った場合、含み益に課税されるルールをまったく認識していなかったのだ。