連載第12回(「神戸・神出(かんで)病院、凄惨な虐待事件から見えた難題」)で取り上げた、2020年に看護師、看護助手らによるおぞましい患者の集団虐待暴行事件が発覚した、精神科病院の神出病院(神戸市西区)。

厚労省の精神保健福祉資料(630(ロクサンマル)調査、2018年度)によれば、同院の医師1人当たりの患者数は45人以上、看護職員1人当たりの患者数は3.97人といった、「触法ぎりぎりの人手不足の運営実態」(兵庫県精神医療人権センターの吉田明彦氏)にもかかわらず、認知症の人が41%以上と多数を占めていた。

「精神科特例によって、他科に比べ医師は3分の1、看護職員も大幅に少なくて良いとされる精神科病棟に、医療ケア・介護ケアのニーズの高い認知症高齢者が増えれば違法隔離・拘束や虐待の危険が高まることは火を見るより明らかです。それが事件の背景にあったことは十分に考えられます」(吉田氏)

虐待の舞台となった同院の「B棟4階」は、重度の統合失調症患者とともに、認知症の人たちの病室でもあった。同院の患者の7割以上がAさんと同じ医療保護入院であり、本人同意のない強制入院の状態にあった。

認知症の人を、本人の同意なく精神科病院に強制入院させ、向精神薬を投与する。場合によっては隔離や、時に死にまで至る身体拘束を行う……。こうした日本の実情は、脱施設化の進む世界の認知症ケアの潮流とは、明らかに反している。

先進国の認知症ケアの潮流とは真逆

現在の日本の認知症対策の国家戦略は、政府が2015年に策定した「新オレンジプラン(認知症施策推進総合戦略)」だ。認知症の人の意思が尊重され、住み慣れた地域のよい環境で、自分らしく暮らし続けることができる社会の実現を目指すとするなど、当事者本人の声を重視する基本的な考え方は評価されてきた。

だが、各論に目を凝らすと、随所に認知症への精神科病院のかかわりが強められる内容が盛り込まれていることがわかる。

精神科病院の役割は、「介護サービス事業者等への後方支援と司令塔機能が重要」と明記されたことで、医療が介護に対して指揮命令権を持ち、優位に立つことが明確化された。また他科や他施設と異なり、精神科病院は精神保健福祉法により隔離・拘束などの行動制限への適正手続きが定められていると、さらにその優位性を強調している。

こうした認知症ケアにおいて精神科医療の重要性を評価するスタンスは、2013年度から進められてきた「(旧)オレンジプラン(認知症施策推進5か年計画)」と方向性がまるで逆だ。

この旧オレンジプランのスタート台となったのが、厚労省のプロジェクトチームが2012年に取りまとめた認知症レポート、「今後の認知症施策の方向性について」である。基本目標として、認知症の人は精神科病院や施設を利用せざるをえないという考え方を改めるとし、これまでの自宅→グループホーム→精神科病院などという不適切なケアの流れを変えるとした。