この先、17時ちょうどに、やはり海岸線に沿って細浦入口まで行く乗合バス荒砥線が志津川駅から出る。途中で暗くなることは確実だが、こちらも1日3本の貴重な便だ。ワゴン車に乗り込んで、とにかく進んでみる。こちらも路線の起点は南三陸病院で、乗車した便は、志津川駅を出ると志津川中学校を経由。夏季には18時30分発に繰り下がるところを見ると、中学生の通学を考えたダイヤ、経路ではないかとも思う。

案の定、志津川の中心部を出ないうちに日は落ち、整備された区間もまだ少ない細道を進むものの、景色は見えない。昼間なら風光明媚な路線ではないかと想像しておく。終点の細浦入口は、丘陵地にある古い集落の中。すぐ真下を元はJR気仙沼線であったBRTの専用道が通っており、すぐ気仙沼行きがトンネルから出てきた。

歌津に到着するBRT(筆者撮影)

この先、湾の奥に細浦漁港があるが、バスが細浦入口で終わっている事情は察せられる。清水浜駅までは歩いて15分ほどなので、交通量が多い国道を車に気をつけながら、とぼとぼ歩く。

30分ほどBRTを待って隣の歌津へ向かい、復興事業従事者向け長期滞在型の新しいホテルに落ち着いた。快適でよかったが、三陸沿岸の宿泊客自体は大きく減っているようで、こうした宿泊施設の閉鎖のお知らせをあちこちで見る。

郵便局は震災10年後に営業再開

南三陸町は2005年に志津川町と歌津町が合併して成立した。東日本大震災では、死者620人、行方不明者211人を出し、志津川や、歌津の中心地・伊里前(いさとまえ)の沿岸部は壊滅した。とくにJR気仙沼線歌津駅を中心とする、伊里前の復興は遅れがちだったように思う。

歌津地区を走る南三陸乗合バス(筆者撮影)

現在は駅近くに商業施設「南三陸ハマーレ歌津」と歌津郵便局が立ち、乗合バスの運行拠点にもなっている。ただ、立ち寄った郵便局には、震災から10年以上経った2021年4月16日にようやく営業を再開した旨の局長の挨拶が掲げられており、諸事情はあったにせよ復興の難しさを感じた。