大量生産は、21世紀初頭の大衆消費者に、需要の新しい源泉を得ようとした。フォードはこの点についてはっきり述べている。「大量生産は、大衆のニーズを知るところから始まる」。この供給と需要は、わたしの曾祖父母ソフィーとマックスやその他の第1の近代の旅人の人生を定義する新たな「存在条件」と強く結びついていた。フォードの発明は、資本主義とこうした人々との互恵性を深めた。

対照的にグーグルの発明は、同社が当初ユーザーと結んだ互恵的な社会契約を破棄した。かつてグーグルとユーザーを結びつけた、本書冒頭で述べた「行動価値再投資サイクル」の役割は劇的に変わった。

グーグルの独占はこうして確立した

グーグルは、供給と需要とユーザーとの結びつきを深める代わりに、事業を改革して広告主の要求に応えることを選択した。その要求とは、市場で優位に立つために、いかなる手を使ってもユーザーのオンライン行動を収集し把握することだ。この新しい事業では、ユーザーの目的は無視され、ユーザーは他者の目的を果たすための手段になった。

ユーザーサービスへの再投資は、行動余剰の収集を目的とするようになり、ユーザーはそうとは知らないまま、収益を生み出すより大きなサイクルの原材料の供給者になった。グーグルはとてつもない規模で行動余剰を収集した。

それらの余剰がもたらす収益を利用して、グーグルは日々、より多くのユーザーを自らの網に取り込んでいったため、事業のコアとなる検索では、やがて強力なライバルは皆、排除され、グーグルの独占が確立した。

グーグルはその発明と発見と戦略のおかげで、占いと物売りに基づく新たな経済論理の母艦となり、理想形になった。その経済論理は、人類史の始まりから人間が直面してきた不確実性を利用して儲けようとするものだった。